好きになってはいけない
 ————そんなところに、俺はいるのか?

 まさか!

 俺はただ、東京のあの橋から落ちて……ものの数分、水の中でもがいていただけだ。

 その間に、時代も場所もかけ離れた、こんな場所に来てしまうわけない。

 過去になんて————来れるわけがない。

「あの……」

 頭を抱える俺に、さっきシーラと呼ばれた女性が声をかける。

 真っ直ぐな栗色の髪を、背中で一つに括っている彼女は、姉さんと同い年くらいだろうか。

 さっきとは打って変わって柔らかい空気を纏っている。

「何か、わからないことがあったら何でも聞いてくださいね。多分、大抵のことはお答えできますから」

 わからないことなんて、いくらでもある。

「あ、じゃあ……」

 その中から、彼女が答えられそうな、そして俺がとても気になっていることを聞くことにした。

「さっきの、あの金髪の人……あの人はどういう人なんですか?」

 そう問うと、彼女の顔は水を得た魚のようにぱあっと輝く。

「あの方ですか?レジス・ミュズリ様とおっしゃって、アトランティスの第一皇子にあたります。剣も弓も馬術も游泳も、あの方の右に出る方はおりませんわ。お綺麗な方でしょう?まだ成人なさってないから」

 ……皇子。

 聞きなれない言葉に絶句する。

 ここが過去なら、確かにあり得ないことではなかった。

 それに、成人してない? 俺と同い年くらいに見えたのに。

 あの、聡明さを示唆する瞳は、到底未成年のものとは思えなかった。

「男性だったんですね。てっきり、女性かと思った。それに……成人してないって、あの人一体何歳なんですか?」

 そう聞くと、彼女は怪訝そうに首を(かし)げる。

 何か変なことを聞いただろうか、と答えを待っていると、彼女は口を開き、こう言った。

「レジス様は、男性ではありませんわ。成人するのに年齢は関係ありません。あの方はまだ、性が定まっていないんですから」
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