ホウセンカ
母へと贈るエーデルワイス
「桔平、お正月も帰省しないの?」

 12月に入り世間が何かと慌ただしくなってきた頃、楓から電話がきた。毎年同じことを訊かれている気がする。
 
「帰らねぇよ」
「姉さんたちも帰ってくるのに」
「よろしく言っといて。オレは小樽行くから」
「小樽ぅ?なんでまた?」
「愛茉の実家だよ」

 夏休みは帰ろうとしなかった愛茉が、年末年始は帰省したいと言い出した。そしてオレと一緒がいいと少しはにかみながら言うものだから、そりゃ行くと言うに決まっている。

「愛茉ちゃんのご実家に挨拶?まさか、結婚でもするわけ?」
「挨拶はもう済んでんだけどさ。一緒に住んでるし」
「一緒に住んでる?桔平が、他人と?」
「住んでるよ」
「へぇ、やるじゃないの」

 楓にもパートナーがいるはずだが、長女のさくらと違って仕事第一といった感じだった。まぁ、楓が結婚に向いているとは到底思えない。人のことは言えないが。

「仕方ないわね。ママたちに言っておくわ。桔平はフィアンセのご実家に挨拶へ行くから帰って来られないって」

 誇張している感はあるが、訂正するのも面倒なので、そのまま電話を切った。
 実際、結婚の申し込みをしたようなものだとは思う。ただオレ自身は結婚というものにこだわりはないし、愛茉と一緒にいられるなら何でもいい。

「じゃあ、プレプロポーズ?」

 あまりに目を輝かせてそう訊いてくるものだから、あの時は思わず肯定した。何なんだよ、プレプロポーズって。

 結婚なんて、正直どうでもいい。しなくてもいいものだと思っている。ただそれが愛茉と生涯共に歩む誓いだとするなら、必要なことなのだろう。

 しなくてもいいと思っているだけで、決して結婚したくないわけではない。オレにとっては、愛茉が望むか望まないかがすべてだった。

「将来もし子供が産まれて、その子が一重だったとして。私と全然似てないって周りの人に言われたら『私はお直ししたんですよー』って笑って言おうと思ってるんだ」

 浴槽に浮かぶ泡を手のひらに乗せながら、愛茉が言った。

 新しいバブルバスを買ったから一緒に入ろうと言うので向かい合って風呂に浸かっているが、泡のせいで何も見えやしない。しかも相変わらず、一緒に入る時は照明を暗めにしろと言われる。もう何度も、隅から隅まで見てるというのに。
 
「つーか、オレに似る可能性もあるわけじゃんか。オレ、くっきり二重じゃねぇし」

 何気なく言葉を返すと、愛茉は照れ笑いを浮かべて泡の中に顔を隠した。なんだ、その可愛い反応。
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