ホウセンカ
「桔平くんが自分で信じられないなら、私が信じる。桔平くんの……浅尾桔平の日本画は、いつか必ず世界中の人を魅了するって。私が一番信じてるんだよ」

 本当の気持ちを話すと、どうして涙が込み上げてくるんだろう。悲しい時や嬉しい時だけに出てくるものじゃないんだね。伝えたい想いが強ければ強いほど、涙と一緒に溢れてしまう。

「……あのね……私、夢があって……」

 一瞬だけ、桔平くんが身じろぎした。
 私の密かな夢。性格悪いって思われそうだから、これまで誰にも言ったことはなかったんだけど。今、桔平くんに伝えたいと思った。

「私の夢……浅尾桔平の妻ですって……胸を張って言うことなの。それで“あの有名な日本画家の浅尾桔平さんですか”って……みんなが、桔平くんのこと知ってて……私はそれを誇らしく思って……」
「……小学校の先生じゃねぇの?将来の夢」

 むくりと起き上がって、桔平くんがやっとこっちを向いた。優しい顔で、ボロボロ泣いている私の頬を撫でながら、涙を拭ってくれる。

「そ、それは、夢じゃなくて目標だもん……学校卒業したら、働かないといけないでしょ?自分にはどんな職業が向いてるのかなって考えた時、子供に教えるのが好きだなって思ったからで……」
「すげぇ現実的じゃん。それなのに、オレが世界に羽ばたけるなんて夢みてぇなこと信じてんの?」

 あ、笑ってくれた。いつもの柔らかい笑顔だ。

「信じてるよ。桔平くんは、私のこと信じられない?桔平くんが世界的画家になるって信じてる、私のこと」

 私を見つめるグレーの瞳が、儚げに揺れる。
 桔平くんは、私が思っていた以上に繊細なんだと実感した。本人もそれを自覚しているから、壊れてしまわないように一生懸命自分を守っている。

 だから個展の話を断った。浅尾瑛士さんに並ぶ自信がないというだけじゃない。自分の内面を、たくさんの人の好奇の目に晒すのが怖いから。

 そんな桔平くんが、とっても愛おしい。体の奥からそんな想いが溢れ出てきて、私は桔平くんを抱きしめた。

「激流になんか、飲み込まれないよ。どれだけ流れが早くても、たとえ藻掻き苦しむことになったとしても、桔平くんなら対岸まで辿り着ける。そうしたら、絶対前に進めるから。私も一緒に飛び込む。ずっと一緒にいるもん。何があったって、一瞬でも離れないんだから」

 絶対に離さない。そう思いながら、腕に力を込める。そうしていないと、どこかへ行ってしまいそうなんだもん。

 もう離したくないし、離れたくないの。絶対ひとりにはさせない。桔平くんは、スミレさんに置いて行かれたこと自体もトラウマになっている。そう感じたから。
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