ホウセンカ
「……沖縄にいる間」

 しばらくして、桔平くんが私の背中に手を回しながら言った。その声はとても小さくて、掠れている。どんな表情をしているのかは分からない。

「毎晩、夢を見たんだよ。愛茉の夢。途中で目が覚めた後、隣にいないって分かると眠れなくなった」

 私は最初、勘違いしていた。この人は自分に、そして自分が進む道に自信を持っているんだって。

 いつも真っ直ぐ前を見ている姿が、その才能が、とても眩しくて。何も持っていない私なんかとは釣り合わないような気がして、いつもどこかで負い目を感じていた。

 だから桔平くんの支えになろうと必死だったの。必要だと思われたかった。私がいないとダメなんだって思ってほしかった。

 それは、自分の心を満たすため。桔平くんのためなんかじゃない。私はただ、誰かに必要とされることで、自分の存在意義を見出したかった。

 献身的で可愛い彼女になんか、なれないよ。私はいつまで経っても自分勝手。結局は自分のことが一番可愛くて、一番大嫌い。だから変わりたい。そう思っていた。そう思っていたのに。

「情けねぇだろ。自分で勝手にひとりになったってのに……こんなメンヘラの、どこがいいんだよ……」

 自分のことなんて、もうどうでもいい。献身的で可愛い彼女になれなくても、自分勝手で自己満足と言われても、この人の傍にいたい。どんなことがあっても、桔平くんの心を一番近くで守りたい。その想いだけが、私のすべて。たった今、そのことに気がついた。

「……細胞が、そう感じたから……」

 あの時に言われた言葉を、今度は私が口にする。桔平くんは少し体を離して、私の顔をじっと見つめた。

「理屈じゃないもん。桔平くんがどんな人であっても……たとえ私自身がすごく嫌な人間だとしても、桔平くんの傍にいたい。それが私のアイデンティティだから。激流でもアマゾンの秘境でも、どこにでもついて行く。一緒に死のうって言ったでしょ。それって、一緒に生きるってことでしょ。だから、絶対に離れないの」

 私は桔平くんみたいに、自分の感情を上手に言語化できない。それでも伝わるって信じている。相手が桔平くんだからだよ。

 とめどなく流れる涙を、桔平くんはずっと拭ってくれている。こんなに溢れるのは、桔平くんの分も泣いているからなのかな。

「……分かってるよ。個展の話、本当は引き受けるべきだって分かってた。ただ、怖かったんだよ」

 泣きそうな表情。だけど桔平くんは絶対に泣かない。どうしようもない孤独感が、この人の涙を堰き止めてしまっているから。

 桔平くんに抱き寄せられる。折れてしまいそうなぐらい強い力。それなのに全然痛くないのは、何でだろう。

「愛茉。オレと一緒に、溺れて」

 いつか桔平くんが、安心して涙を流せるように。ずっとずっと、傍にいよう。頷いて背中に手を回しながら、私は固く決意した。
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