ホウセンカ
番外編:麗しのジャスミン
「ちょっと姫野さん。プリント、早く回してくんない?」
「ご、ごめんなさい……」

 後ろからやたらとキツい言い方をされて、思わず委縮してしまう。自分の分のプリントを取るのに、ほんの少し手間取っていただけなのに。私が暗くて無口だから、気が強い子からすると見ているだけでイライラするんだろうな。

 昔から自分の意見が言えなかった。否定されるのが怖い。嫌われるのが怖くて。
 それなのに結局、自己主張をしなくても疎ましく思われた。根暗でネガティブで、いつも俯いてボソボソと喋るから。こんな私じゃ当然、好かれるわけがない。

 ただ、目立つよりはマシだと思う。目立ってしまうと、整形のことが知られてしまうかもしれない。そうしたらきっと、また酷くいじめられる。
 今の学校に中学校までの同級生はいない。だから私の顔が整形だと知る人もいないはずなのに、それでも周りの目に怯えていた。
 
「なんかさ、姫野さんって不気味だよね」
「1年の時からあんなんだよ。前髪なまら長くて、いつも俯いてるし。修学旅行も同じ班だったんだけどさ、全然喋らなくて。こっちが気を遣うっつーの」
「なんか、井戸から出てきそうじゃん?」
「分かるー!顔隠れてて怖いもんね」

 聞こえていないと思っているのかな。違う。きっと、わざと聞こえるように話してるんだ。意地が悪い人達。

 別に気にしない。こうやって声に出して言うのは、ほんの一部の人だけだし。ほとんどの人にとって、私はいてもいなくても気にならない存在。まるで透明人間みたいな感じ。

 学校に来ているのは友達を作ることが目的じゃない。そう言い聞かせた。友達がいなくても、勉強できればいい。お父さんに心配かけないように、しっかり勉強して卒業できたら、それでいいの。

 帰りのホームルームが終わると、いつも逃げるように学校を出る。そして電車に乗って、小樽駅が近づいてきた頃、下ろしていた前髪をヘアピンで留めた。
 “井戸から出てきそう”な格好で学校へ行っているなんて、お父さんは知らない。近所の人にも知られてはいけない。また変な噂がたってしまう。どこにいても、人の視線が気になった。

 小樽駅に着いて買い物をしてから自転車で帰ると、もう19時。2時間以上の通学は大変だけど、すっかり慣れた。宿題や勉強をしていたら案外あっという間だし。

 それから誰もいない家で夕ご飯を作って、ひとりで静かに食べる。お父さんの分は、後で温められるようにラップをかけて置いておく。いつも帰りが遅いから。
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