ホウセンカ
 そしてお風呂に入った後は、お待ちかねの至福の時間。自分の部屋で、少女漫画を読み耽るの。

 最近読んでいるのは、女子高育ちで彼氏いない歴17年の主人公が、初めての合コンで出会った女癖が悪くてチャラい男の子に恋をする物語。

 まったく相手にされなくても周りからやめておけと言われても、ひたむきに相手を思い続ける主人公。そんな主人公に惹かれる、チャラい男の子の友達。この“当て馬”の男の子の方が、私は好きだった。だって主人公が別の人を好きだって分かっていても、とっても一途で真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれるんだもん。

「はぁーもーわやだわぁ。絶対赤星くんがいいのにー!」

 ひとりの家では、つい大きな独り言が出てしまう。
 私もこんな風に愛されてみたい。こういう恋愛がしてみたいって気持ちが、むくむくと湧き上がってくる。

 でも、そんなの無理だと分かっていた。私は“良い子”ではないから。屈託ばかりで、自分の意見を言えないくせにお腹の中ではあれこれ思っている。いつも他人の言葉の裏を読んでしまうし、全然ひたむきじゃない。

 少女漫画のヒロインになれるのは、読者から応援してもらえる可愛い女の子だけ。だから私には一生、こんな素敵な出会いはない。

 最初から諦めていれば、気が楽になるはず。それでも、どうしようもない寂しさに襲われることがよくあった。私はこのまま、誰からも愛されずに一生を終えるのかなって。

 愛されたい。優しくて一途で、真っ直ぐな人に愛されたい。

 だけどその願いは叶うはずもなく、感情が抑えきれずに布団の中で思いきり泣く。そして翌朝にはまた、メガネと前髪で顔を隠しながら学校生活を送る。その繰り返しで、自分の未来に夢なんて思い描けなかった。

 でも、そんなある日。田舎から上京した女の子が運命の相手を探す少女漫画を見つけて読み始めたら、突然思い立ったの。私も東京へ行こうって。
 上京したら変われるかもしれない。ここでは一度貼られたレッテルを剥がすことはできないけれど、今の私を知らない人になら“新しい私”を見せられる。きっと、この暗闇から抜け出せるはず。

 私は、東京の大学を調べまくった。先生にもうちの学校から志願する人がいるかどうか確認して、志望校を絞ってからお父さんに相談した。

「東京の大学?」
「う、うん……やっぱり、少しでもレベルが高いところに行きたくて……。それにこの大学なら、本当にやりたいことを見つけられそうだなって」
「そうか……そうなると、ひとり暮らしだなぁ」

 やっぱり、反対されるかな。金銭的にも負担になるもんね。
 
「だ、ダメ……かな……?」
「愛茉はしっかりしているから、生活は問題ないだろうけど。ただ父親としては、いろいろ心配なことが多いんだよ。東京は、こんな田舎とは全然違うからね」
「ちゃんと勉強頑張るし、バイトもする。危ない場所には絶対行かないし、規則正しい生活するから。だから、お願いします」

 生半可な気持ちじゃないの。それを分かって欲しくて、精一杯頭を下げる。
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