愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「伊織さん……」
「逃げられると思ってんのかよ?」
「逃げるなんて……そんな……」
「からかって悪かった。機嫌、直せよ」
「……は……ぁっ」

 後ろから抱きしめられ、耳元で囁かれた円香の身体は反応を示し、彼女の口から甘い吐息と声が漏れる。

「もう、怒ってません……」
「そうか? なら良かった。それじゃあもっと良く見せてくれよ。その下着、俺の為につけてんだろ?」
「……そう、ですけど……そんなに見られると、恥ずかしい……」

 白地のキャミのワンピースに長袖ガウンを羽織っている円香は先程腕を引かれて倒れ込んだ時にガウンは脱げかけて、既に肩が出ている状態。

 胸元が開いているキャミのワンピースなど、下着とさほど変わりはなくて、時折チラ見えする黒い下着が伊織の性欲を掻き立てている。

「恥ずかしがる事なんてねぇだろ? 円香は淡い色も似合うけど、肌が白いから黒い下着はそそるんだよな」
「もう……そういうこと、いわないでください……恥ずかしいから……っ」

 触れること自体久々とあって、お互いを求め合うまで時間はかからなかった。


「なぁ、円香」
「はい?」
「俺と出逢った日の事、覚えてるか?」
「勿論! 忘れる訳ないじゃないですか」

 円香は友人に頼まれただけで、伊織はターゲットの探りを入れる為というそれぞれの理由から参加した合コン。全てはあの日から始まった。

「まさか、お前とこうなる日が来るなんて、あの時は思いもしなかったよ」
「私もです。だって私なんて全然会話にも入れなかったし、伊織さんが声を掛けてくれてようやく打ち解ける事が出来たんですもの」
「あの時の俺と今の俺なら、どっちが好みだ?」
「え? うーん、難しい質問ですね。あの時の伊織さんは何て言うか、とにかく優しくて爽やかな男の人って感じで……でも実際はちょっと俺様というか、意地悪だし、強引だし……」
「やっぱり、優しくて爽やかな方がいいのか?」
「嫌いじゃないですけど、でも私は今の伊織さんの方が好きです」
「へえ? 強引で意地悪な方がいいって解釈でいいのか?」
「え? も、もう! すぐそういう事言う!」
「はは、円香はからかいがいがあるからつい、な」
「もう!」
「けど本当、お前に出逢えて、好きになれて、良かった」

 伊織は初め、円香を好きになる事なんてないと思った。魅力がある無しに関わらず、異性を好きになる事なんて無いと思ったから。

 伊織には両親も無く、忠臣に引き取られるまでは『愛』というものをまるで知らずに育ってきた。

 引き取られてから少しして忠臣の妻もなくなり、幸せな『家族』というものすらよく分からなかった。

 だから、恋愛なんてくだらない、結婚なんて以ての外、異性なんて任務に必要な情報収集の為の道具みたいに思っていた。

 だから円香に惹かれていると気付いた時は戸惑いしか無かった。どこかおかしくなったんじゃないかと思ったりもした。

 けれど、今はそれすらも懐かしく思う。
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