愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「何だよ? まだ何かあんのか?」
「……あの、私……」

 帰れと言ったのに帰らないどころか、声を掛けて人の前までやって来たかと思えば、何かと問うも答えない。

 そんな円香に苛立った伊織は灰皿に煙草を押し付けて吸殻を捨てると、わざとらしく溜め息を吐きながら再び問いかけた。

「何かあるなら言えよ。俺は帰れと言ったはずだぜ?」
「その…………私、帰りません」
「は?」
「お付き合い……させてください」

 伊織は思う、開いた口が塞がらないとはこういう事ではないのかと。

「……アンタさ、自分が何言ってるのか分かってんの?」
「わ、分かってます」
「そーかよ。だったらアンタは頭がイカれてるな。いいぜ、こっちに来いよ」

 伊織の言葉に頷いて返した円香は彼の目の前に立つ。

「服を脱げ、自分でだ」
「…………」

 そんな伊織の要求に一瞬躊躇った円香は再び小さく頷くと、カーディガンのボタンに手を掛け、一つ、また一つとゆっくりボタンを外していく。

 ボタンを全て外し終わったカーディガンを恥じらいながらも脱ぎ捨て、自ら下着姿になった。

 何故円香は帰る事なく、自らこのような行動に出たのかというと、

 ――それは、円香が既に伊織に惹かれてしまっていたから。

「俺の上に跨がれよ」
「…………」

 更なる伊織の要求に戸惑いながらも、伊織に跨りソファーに膝を立てた円香は、彼を見下ろすような形になる。

「……分からねぇな。アンタは何がしたいんだよ。普通こんな事言われて素直に従うか?」
「…………私、知りたいんです……貴方を、もっと知りたい」
「へえ? そりゃどーも。けどな、俺を知ったところで何もいい事はないぜ?」
「そんなの、知ってみないと分からない……です」
「…………座れよ、ここに」
「え……で、でも……」
「いいから」

 伊織に促され、彼の膝の上に腰を下ろす円香。

 近距離で向かい合う二人は視線が外せずに無言のまま。

 そして――

「いいぜ、付き合っても。けどな、付き合うなら子供(ガキ)みたいな付き合い方はしねぇ。大人の付き合いってヤツだ。言ってる意味、分かるよな」
「…………」

 問いかけに無言で頷く円香に伊織は右手を彼女の首筋からうなじに持っていき、

「んっ!」

 先程と同じように唇を奪う。

「……っは……、んん……」

 角度を変えながら何度となくキスをされる円香だけど、少しだけ慣れたのか何とか息継ぎは出来るようになっていた。

 まだぎこちないけれど一生懸命応えようとしている姿を前に、伊織は円香に対する考えを変えた。

(こんな奴、初めてだ……本当、頭イカれてやがる)

 伊織にとって、円香のような女は初めてだった。

 キスをしただけで身体を震わせ、恥じらいながらもそれに応えようとする姿を見て、もっと自分に溺れさせたいとも思った。

(コイツ、確か雪城って言ってたよな。雪城と言えば結構名の知れた家柄だ。任務の為にもそれを利用しない手はねぇよな)

 そして、それと同時に円香の家柄も利用出来るのではとも考えていた。
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