愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「はぁ……」

 ある日の夕方、講義を終えた円香はスマホを見るなり深い溜め息を吐く。

「何よ、円香。そんな大きな溜め息吐くなんて、らしくないじゃない?」
「え? あ、ごめん。無意識だった……」

 そんな円香に声を掛けたのは隣に座っている葉子で、普段溜め息なんて吐く事のない円香が一際大きな溜め息を吐いた事に疑問を感じていた。

「もしかして、『彼』の事?」
「う、うん。このところ返事が無くて……」
「仕事、忙しいんじゃないの? 社会人なんてそんなもんよ」
「そ、そうだよね」

 あの日――伊織に初めてを捧げた夜から約ひと月、円香は伊織と会っていなかった。

 連絡はたまに取り合っていたものの、忙しいという一言を残して以降、連絡が無くなってもうすぐ一週間が経とうとしていた。

 実は伊織はあの日、円香に自分は『便利屋』として任務を遂行していたところだったという話をしたのだ。

 それを聞いた円香は、伊織が電話で話していた内容からすっかり便利屋の人間だと信じ込んでいた。

 合コンに参加したのも、会社で働いているのも全て任務の為だと聞いている円香。

 その任務は円香が酔い潰れ、よろけて支えてくれた伊織に吐いてしまった事が原因で失敗に終わったので、今度は邪魔しないようにと気を遣っている為、自分から連絡が出来ないでいた。

(……初めて出来た彼氏……だから、もっと会いたいんだけど、大人は頻繁に会ったりはしないのかな……)

 すっかり伊織の虜になっている円香は会いたい気持ちを必死に抑えながら、連絡は今かと待ちながら毎日を送っている。

 そんな円香の気持ちを知ってか知らずか、伊織は彼女と付き合ってからも以前と変わらぬ毎日を過ごしていた。
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