愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 事務所に着き、雷斗と話をしながら伊織の帰りを待っていると、

「あー疲れた」
「お疲れ、伊織。お客さんが来てるよ」
「客?」

 夕方、疲れたと言いながら部屋へ入って来た伊織は雷斗の声に反応して来客用のソファーに視線を向けた。

「伊織さん、お疲れ様です」
「円香、お前……何でここに」
「すみません、いきなり訪ねて来てしまって。その、連絡が来なくて、心配で……」

 まさか雷斗の向かい側に円香が座っているなんて思いもしなかった伊織はただただ驚くばかり。

 久しぶりの再会とあって喜ぶかと思いきや、

「……はあ。あのさ、いきなり来られるとか迷惑なんだけど」

 突然大きな溜め息を吐き、迷惑そうな表情でそう言い放った伊織。

「おい伊織! そんな言い方……」

 伊織の言葉が予想外だったのか雷斗はすぐさま抗議するも、円香は何も言わないどころか戸惑いの表情を浮かべて立ち尽くしていた。

「つーか、こんなとこまで来るか普通、有り得ねぇな」
「おい伊織!」
「何だよ? 雷、テメェには関係ねぇだろ? これは俺と円香の問題だ」
「それはそうかもしれないけど、もう少し言い方考えろって言ってんだよ」

 伊織の冷たい態度を見兼ねた雷斗は苛立ちを抑えきれずに詰め寄っていく。

 睨み合う二人の間に険悪なムードが流れる中、それまで黙っていた円香が口を開いた。

「すみません、いきなり来てしまって。伊織さんが怒るのも当然ですよね。私、帰ります!」
「あ、円香ちゃん!」

 円香は悲しみを(こら)え瞳に涙を溜めながら、いきなり訪ねて来てしまった事を詫びると逃げるように事務所を出て行った。

「おい伊織! 何であんな風に言ったんだよ? お前、あの子の事、特別に思ってたんじゃねぇのかよ?」
「はあ? 俺がいつそんな事言ったんだよ? アイツと付き合ってるのは駒として使う為だって言ったよな? 事務所戻ってきたし、アイツを使う場面は無さそうだから連絡も取らなかった。自然消滅狙ったのにここまで訪ねて来るとかさ、アイツ本当に馬鹿だよな」
「……最低だな、お前」
「何とでも言えよ」

 互いに言い合い、これ以上のやり取りは無駄だと思ったのか視線を外した伊織はそのまま居住スペースである上の階へ上っていき、雷斗は事務所を飛び出し円香の後を追い掛けた。
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