愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 事務所を出て行った円香はというと、

(伊織さん、怒ってた……。勝手な事、しなきゃ良かった……)

 少し歩いた先にある小さな公園のベンチに座り、涙を流しながら自分の行動を悔いた。

 正直、円香は伊織の態度の変わりように驚きを隠せなかったのだ。

(私、嫌われちゃったのかな……鬱陶しいのかな……)

 伊織が初めての彼氏で、付き合い方すら手探り状態。

 連絡だって出来れば毎日したいけれど、忙しいのを理解しているから途切れても我慢しようと思い、ひたすら淋しさにも耐えてきた。

 だけど、連絡が途切れてしまうと不安も大きくなって、無事を確認したいと思うもの。

 突然会いに行って驚かれるかもという思いはあったけれど、まさかあんなにも歓迎されていないなんて予測出来るはずが無く、円香にとってはショックが大き過ぎた。

「円香ちゃん……」

 少し遅れてやって来た雷斗は、公園のベンチで一人悲しみに暮れている円香を見つけると、ゆっくり近付き声を掛ける。

「……早瀬、さん……。すみません、こんなところを……」

 雷斗にみっともない泣き顔を晒してしまったことを謝罪し必死に涙を拭おうとするものの、溢れ出てくるものをなかなか止めることが出来ない円香。

 そんな彼女を慰めようと隣に腰掛けた雷斗は優しく肩を抱いてこう言った。

「いいんだよ、無理に泣きやもうとしなくて。泣きたい時は泣いた方がいいよ」

 本当なら、追いかけ来てくれたのが伊織ならば、どんなに嬉しかっただろう。

 こうして肩を抱き、優しい言葉を掛けてくれたのが伊織ならば、どんなに幸せだっただろう。

 それでも、ただの顔見知り程度の自分を心配して追いかけて来てくれて、こうして慰めの言葉をくれた雷斗の優しさはとても有り難いもので、

「うっ……ひっく……」

 悲しみが一気に溢れ出した円香は涙を拭う事を止めた。

 一方伊織はというと、

「何でアイツ、こんな所まで来るんだよ……」

 ベッドに寝転がり天井を見上げながら怒りを鎮めようとするも、なかなか止める事が出来ない事に余計苛立ちが募っていく。

 何故彼があのような冷酷な態度だったのか、それは全て円香の為を思っての事だった。
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