愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 その頃伊織はというと、詐欺グループの黒幕である榊原について徹底的に探りを入れていた。

 相手が大物政治家という事でHUNTERである伊織たちもいつになく慎重に事を運んでいたのだけれど、とにかく伊織は本調子では無かった。

 それには忠臣も雷斗も気付いていたものの敢えて触れる事はなかったのだが、明らかに仕事に支障をきたす出来事が起きてしまう。

「伊織! お前最近たるんでるぞ? 今日のは何とか俺と雷斗がカバー出来たから良かったが、それが無ければ死んでたかもしれねぇんだぞ? 分かってんのか!?」
「……すみません」

 あろう事か、普段の伊織なら絶対に犯さないようなミスをしてしたばかりか、忠臣と雷斗の助けが無ければ命の危険があるような致命的ミスをしてしまったのだ。

 それには流石の忠臣も黙ってはおれず、伊織を厳しく非難した。

「珍しいな、伊織があんなヘマするなんて」
「……雷……まあな」

 忠臣に散々説教をされた後、気分転換も兼ねて屋上で煙草を吸っていた伊織の後を追って雷斗もやって来た。

 雷斗には勿論、伊織の不調の理由が分かっていた。

 一度別れの危機を迎えた円香と伊織だったが結局二人は別れてしまったのだと、直接話を聞いた訳では無かったけれど想像がついていた。

「……ま、そういう事もあるよな。伊織だって、何でも出来る完璧な人間じゃねぇし」
「そりゃな……けど、今日の事は正直笑えねぇ……。怒られても仕方ねぇ事だって分かってる」
「そうだな……」

 伊織にも、不調の理由は分かっている。けれど、それは自らが選んだ事で、いつまでも引きずる訳にはいかない。

 頭では理解しているはずなのに、どういう訳か思うように日常を送れない事に伊織自身も戸惑っているのだ。

「なあ伊織」
「ん?」
「……本当に、良かったのか?」
「…………ああ」
「……そうか」

 何がと言わなかった雷斗だが、伊織には彼の言いたい事が伝わっていた。

 そして伊織の気持ちが変わらないと改めて知った雷斗は、それ以上その事について問い掛けたりはしなかった。

 それからというもの、伊織はこれまで以上に仕事に全てを注いでいく。

 榊原の件以外にもHUNTERとしての任務は常時舞い込み、以前にも増して、伊織は人を殺める事に迷いが無くなっていた。
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