愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 伊織と円香が別れてから半月程が経ったある休日の昼下がり、高級住宅街の一角にある老舗料亭の一室で雪城家と江南家の顔合わせが行われていた。

 あの日、伊織に別れを告げられて以降、何もする気にならなかった円香は大学へも行かずに部屋に引き篭もり、両親や家政婦たちを心配させた。

 そんなさなか、前もって告知されていた両家の顔合わせは先延ばしに出来ないと説得され、両親の顔を立てる為に仕方無くこの席に顔を出した円香だったのだけど、婚約者である江南 (はやて)はなかなかの好青年で、終始元気の無い円香を気遣っては優しい言葉を掛けてくれていた事もあり、彼に少しだけ心を許しつつあった。

 その後二人きりで話す時間が設けられ、互いの事を話しているうちに、伊織の事を忘れる為にもこの縁談に向き合う方が良いのかもしれないという意識が芽生え始めていた。

 そして、顔合わせからひと月程が経った頃、

「そうか、ようやくその気になってくれたか。ありがとう円香」
「いえ。颯さんは凄く良い方ですし、私自身もあの方とならきっとやっていけると思いましたから……」
「そうかそうか。それじゃあ早速、あちらと話を進めるとしよう」
「はい、よろしくお願いします、お父様……」

 出逢って間も無いものの、颯の献身的な人柄や優しさに触れいるうちに伊織への気持ちが少しだけ和らいだ事、父親の会社がかなり危ない状況に追い込まれている事を知った円香は江南家との縁談を正式に受ける決断をしてその事を伝えると、父親は心底喜んでいた。

(これで、良かったんだよね。私は雪城家の人間なんだもの、きっと、これが私の運命だった。ただ、それだけ……)

 未だ伊織への想いを捨て切れない円香は彼を忘れる為にも、自身の気持ちに蓋をして新たな気持ちでこれからの人生を歩んでいこう心に誓ったのだった。
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