愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 伊織に触れて欲しい、触れたいと思う反面、颯に穢された自身の身体が汚いもののように感じてしまい、そんな自分が彼に触れるなんておこがましい気がして、もどかしさを感じていたのだ。

「……円香」
「はい」
「…………抱きしめても、いいか?」
「え……」
「って、何言ってんだろうな……悪い、今の無し」

 伊織の突然の言葉に、予想していなかった円香は驚きポカンとした表情を浮かべている。

「つーか、暫く一人でゆっくりする方がいいか? 男の俺が近くに居るのは……落ち着かねぇんじゃないのか?」

 伊織はらしくない事を口にしたせいか、珍しく慌てた様子を見せていた。

 そんな彼を前にした円香は、

「……ふふ、何だか、いつもの伊織さんじゃないみたい」

 いつもクールで余裕がある印象だった伊織の新たな一面にクスリと笑う。

「何だよ、笑うなよ」
「ごめんなさい、つい」

 らしくないと分かっている伊織は笑われた事が不服なようで、少しだけ拗ねた表情を浮かべていた。

 一瞬明るさを見せた円香だったが、何かを思い出しように表情が曇っていく。

「……円香?」

 そんな彼女の変化に気付いた伊織が名前を呼ぶと、

「……伊織さん…………伊織さんは、私の事、もう、嫌いになっちゃいましたか?」

 俯いた円香からそう問い掛けられた。

「何だよ、どうした、急に」

 色々とあって精神的に不安定だから気分の浮き沈みが激しいのは仕方が無い。そう思っていた伊織だけど、円香のその問い掛けはあまりにも意外なもので戸惑いを隠せない。

「嫌いな訳ねぇだろ? そりゃ……あの日、お前を突き放した時は、酷い事を言った。だけどあれは、お前の幸せを願っての事だった。俺の傍に居れば危険が伴う。だから、突き放した。嫌いだった訳じゃねぇ」
「……違う……、そうじゃないんです。あの時の事は、もういいんです」
「だったら、何でさっきみたいな質問が出てくる?」
「それは…………」

 何か言いた気な円香だけど、何故かその先を口にするのを躊躇っているようで、そのまま黙り込んでしまう。

「円香、思う事があるなら言ってくれ。な?」

 どうしても理由が気になった伊織が円香を諭すように問い掛けると、

「……だって……だって、伊織さん……全然、触れてくれないから……。さっきだって、抱きしめていいかって聞いてくれたのに……なかった事に、しようとするから……私、嫌われちゃったのかなって……思って……っ」
「なっ……」

 ポロポロと涙を零しながら思っていた事を話し始めた。

「わ、私……、……颯さんに、無理矢理……されたから……ほ、他の人が触れた身体なんて、き、汚いから……、だから、伊織さんは……触れたく、ないのかなって……っ」

 涙を拭いながら胸の内を話した円香のその言葉に伊織は、

「馬鹿野郎! そんな事で嫌いになる訳ねぇだろ!? 俺は、ずっと触れたいって思ってた、触れたくて、たまらなかったよ!」

 泣きじゃくる円香を強く抱きしめながら、思っていた事を包み隠さず伝えたのだ。
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