君と奏でる世界は、虹色に輝いている。

「篠崎さんから聞いたんです」

そうか。一色さんが篠崎さんに話せば、必然的に結音にも伝わるってことだ。

「本当だよ。琴吹さんとの件でたくさんの人達に迷惑をかけてしまって、結音にも嫌な思いをさせてしまったし。しばらく音楽から離れて、自分の人生を見つめ直そうと思ったんだ」

「辞めないでください。由弦さんは本当に才能があるし、憧れの存在なんです。これからも音楽活動を続けてほしいです……」

結音が、今にも泣きそうな表情でそう言った。

「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ」

結音は、本当に素晴らしい歌声を持つ若き実力派シンガーだ。

同じ音楽を愛する者として、楽曲制作できたこと。

一緒のステージに立てたことを、誇りに思う。

だから本当は、出来ることなら、これからも一緒に音楽活動をしていきたい。

「結音に聞いてほしい話があるんだ」

意を決してそう言うと、

「夏音さんのことですか?」

先に結音が夏音の名前を口にした。

結音には今まで叶音のことを話したことはないのに、どうしてわかったんだろう?

「実は、私がこの前偶然夏音さんの写真を拾って一色さんに聞いたんです」

写真って……この前、一色さんが「落ちてた」と言って渡してくれたもの?

あの時の言い方からして、一色さんが拾ってくれたのだろうと思っていたけど。

「一色さんが、“自分が拾ったことにして渡しておくから、この話は聞かなかったことにしてほしい”って」

……そういうことか。

「少し長い話になるけど、聞いてほしい」

そう言うと、結音は「はい」と頷いてくれた。

夏音は、物心ついた時からの幼なじみだった。

彼女は生まれつき心臓の病気を抱えていて、学校にはあまり登校できず、クラスでいじめられていた。

でも、小さな頃から歌が大好きで、将来はプロの歌手になりたいと歌の練習をしていたんだ。

俺も、小さな頃から父の影響でギターが好きで将来はギタリストになりたいと思っていたから、いつかふたりでプロとして同じステージに立とうと約束した。

だけど幸せは長くは続かなかった。

生まれつきの心臓病が悪化して、夏音は高校に入学した頃から入退院を繰り返すようになった。

そして8年前―17歳の夏、ついにその時が訪れた。

その時のことはあまり覚えていない。

気がついたら、俺は夏音が入院していた病院にいた。

でも、俺が病院に着いた時には……彼女はもう息をしていなかった。

あまりにも突然すぎる出来事に、夢なのか現実なのかまるで区別がつかなかった。

目の前の夏音の姿を見ても、死んだという実感が全くなかった。

だけど、何度朝を迎えても夏音はいない。

もう二度と、笑顔を見ることも、声を聞くことも、温もりを感じることもできない。

高校を卒業して、プロデビューして、いつか…結婚して、ふたりで幸せな日々を過ごしていくはずだった。

それなのに、どうして……!

悔しくて悲しくてどうしようもなかった。

それからは、毎日暗闇の中に生きているような気持ちだった。

それでも、音楽活動は続けてきた。

それは夏音との約束だったから。

時と共に少しずつ夏音を失った痛みは和らいだけれど。

それでも夏音を、夏音と過ごした日々を過去や思い出として受け止めて前に進むことができずにいた。

そんな時に結音に出会った。

初めて会った時、顔立ちや雰囲気、そして名前までも夏音に似ていて驚いた。

だから、自然と夏音の面影を重ねてしまう自分がいた。

結音といると、夏音を忘れたくない気持ちと忘れたいと思う気持ち、両方がせめぎ合ってどうしたらいいかわからなくなった。

「……ひとつ、訊いてもいいですか?」

それまで黙って話を聞いていた結音が、遠慮がちに言った。

「由弦さんは……私のこと、どう思ってますか?」

「……え……?」

「由弦さんが夏音さんのことを忘れられないなら、かわりでもいいです。それでも私は由弦さんのそばにいたいんです。私は由弦さんのことが……っ」

言い終わらないうちに、俺は結音を抱きしめていた。

「……由弦さん?」

結音が、驚いたように俺の名前を呼んだ。

「……かわりでいいなんて言うな」

夏音のことは、きっと一生忘れられない。

初めて好きになった、大切な人。

だけど、もう自分の気持ちに嘘はつけない。

今そばにいたいと思うのは、目の前にいるただひとり。

夏音のかわりなんかじゃない。

初めて歌を聴いた時から。

初めて出会ったあの日から。

俺は、結音に惹かれてた。
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