追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

148.奇跡のような組み合わせ

 翌日の朝、フレイヤはオルフェンと一緒にコルティノーヴィス香水工房に出勤すると、一階部分でオルフェンと別れ、女性用の更衣室で制服に着替える。
 そして、意気揚々と調香室へと向かった。
 
 調香室はレンゾと契約している妖精たちがすでに掃除してくれており、今日も埃ひとつ落ちておらず清潔だ。
 換気のためか窓が開いており、そこから入り込んでくる新鮮な風が部屋中を洗ってくれたかのように、さっぱりとした空気が漂っている。
 
 フレイヤは小さく深呼吸をすると、頬を緩ませて部屋中を見渡す。
 こうして毎朝、綺麗に掃除された調香室で仕事を始めることが、フレイヤにとっては幸せなのだ。
 
(シルヴェリオ様とコルティノーヴィス伯爵が魔法薬の原材料を聞いてくれたおかげで、臭いの原因となる素材はわかった。臭いの系統が近い精油と相性の良い精油を試してみて、今日こそ満足できる香りを作ろう!)

 調香台(オルガン)の棚に並ぶ精油が入ったガラス瓶に視線を移すと、指先を横に動かしながら、それぞれの瓶に貼られたラベルに書かれている名前を辿る。

「ええと、琥珀樹は……あった!」

 フレイヤは琥珀樹と書かれたラベルが貼られている瓶を手に取ると、調香台(オルガン)の上に置く。
 
 琥珀樹とは透き通った木肌が特徴的な樹木で、その樹液から精油が作られる。
 精油からは、スパイスと砂糖が入った焼き菓子を彷彿とさせる、甘い香りがする。
 
 その葉は一年を通して赤く、また透き通っており、風が吹いて気が揺れるとシャランと美しい音色を奏でることで有名だ。
 琥珀樹の樹液の香りは咳に効くと言われているため、冬になると薬草雑貨店(エルボリステリア)に多くの客が買い求めに来る。
 
 香りの系統別に並べているため、それぞれのエリアからお目当ての精油を見つけ出す。

「あとは、ベルガモットとバニラだね」

 バニラの精油の瓶を手に取ったところで、出勤したアレッシアが調香室の中に入ってきた。
 アレッシアはフレイヤの姿を見るや否や、大きく目を見開いて見つめてくる。
 
「おはよう、副工房長。いつも早いけど、今日は一段と早いわね。私が一番乗りになる日は永遠に来そうにないわ」
「アレッシアさん、おはようございます。魔獣の革の鞣しに使われている魔法薬の原材料がわかったので、早く調香したくてたまらないから、急いで出社しました」
 
 本当は昨日の夜のうちに試したかったのだが、シルヴェリオに「残業禁止だ」と言って止められてしまう。
 いつになく探求心が満ち溢れていたフレイヤは、「三十分だけでもいいので……!」と食い下がってみたが、シルヴェリオにお菓子で誘導されてしまい、気づくと工房の外に出ていた。
 より良い香りへの探求心は、お菓子への欲望に負けてしまったのだ。
 
「……ねえ、その琥珀樹とバニラの精油って、例の手袋のために作っている香水に使うの?」 
「はい、精霊の髭の根は、夏至草のような香りがするんです。だから、ベルガモットやバニラのような、食べ物や飲み物を彷彿とさせる香りとの相性が良さそうだと思ったので、試してみます」

 夏至草は、初夏から夏至にかけて小さな太陽のような花をいくつもつける薬草だ。
 見た目は可愛らしいのだが、苦みのある香りがするため、エイレーネ王国の人々は軒先に釣るして乾燥させ、香りを落としてから部屋に飾る。
 夏至草の精油には抗菌作用があるとされているため重宝されているのだ。

「柑橘系のベルガモットはともかく、琥珀樹やバニラの甘い香りが夏至草のような苦い香りに合うかどうかは運頼みのようなものね。意外な組み合わせで素敵な香りが生まれる事があるもの」
 
 アレッシアの言う通り、相反する香りで喧嘩しそうな精油の組み合わせが、調香してみると素晴らしい香りを生むことがある。
 その他に、一方の香りの強さを抑えたり、逆に香りにより深みを与えることもあるのだ。
 
「調香できたら、試しに匂いを嗅がせてもらってもいい?」
「ええ、ぜひ嗅いでみてください!」
「ありがとう、今からとても楽しみだわ」
 
 そう言い、アレッシアは自分の調香台(オルガン)へと向かった。

(さあ、始めよう)
 
 フレイヤはビターオレンジの精油が入っている瓶を取り出して琥珀樹の精油の瓶の隣に並べると、試香紙(ムエット)を二枚、ビターオレンジと琥珀樹の精油が入っている瓶の中にそれぞれ浸してから取り出す。
 香りがついた二枚の試香紙(ムエット)を鼻の近くで揺らして香りを確認した後、それぞれの精油をスポイトで吸い上げ、用意していたビーカーの中に入れる。
 ふわりと、甘さとシナモンのようなスパイシーな香りがフレイヤの鼻腔をくすぐる。
 
(いい香り。この香りが精霊の髭の根の香りと合わさって、上手く混ざり合うような比率で調香できますように)
 
 スポイトを持つ手に力が入る。
 一滴ずつ、慎重にビーカーの中に入れて調香した。

 そうして、香水瓶の中にビーカーの中で混ぜ合わせた精油と、エタノールを入れる。
 
「できた!」
 
 完成した香水を、試作品のために貰っていた手袋に吹き付けた。
 少ししてから、手袋に顔を近づけ、くんくんと鼻を動かして匂いを嗅ぐ。
 
(うん、思った通り。手袋についている苦い香りが、琥珀樹の香りを深めてくれて、リキュールを入れたほろ苦い焼き菓子のような香りになった!)

 期待半分、不安半分だったため、思い通りの香りができたフレイヤは、胸をなでおろす。
 すると、フレイヤの声を聞きつけたアレッシアがやってきた。
 気になっていたのか、そわそわと落ち着きのない様子だ。
 
「アレッシアさん、嗅いでみてください」
「もちろんよ!」
   
 アレッシアはフレイヤから手袋を受け取るや否や、目と口を大きく開く。
 そして、スンスンと鼻息がするくらい臭いを嗅いだ。
 
「すごいわ! 前に工房長からのおすそ分けで貰った美味しいお菓子の香りがする。甘いけど、可愛さよりも高級感のある香りね」

 アレッシアはそう言うと、また手袋に鼻を近づけ、息を吸い込む。
 
「前の香りも良かったけれど、あくまで手袋の臭さを覆い隠すような印象だったわ。だけど、この香りは手袋本来の香りに上手く馴染んでいるわね。あの苦い香りがこんなにも上手く甘い香りと混ざり合うなんて……奇跡だわ!」
 
 やや興奮気味なアレッシアが次々と称賛の言葉を贈ってくれるため、すっかり照れてしまったフレイヤは口元をにまにまとさせるだけで、上手く返事ができなかった。
 
(早くシルヴェリオ様にも、この香りを嗅いでもらいたいな)

 フレイヤは窓の外に視線を向けた。
 外はまだ明るく、青空に薄い雲が浮かんでいる。

 外の明るさが反射したからか、それとも、シルヴェリオがこれらの香りを嗅いだ時に見せてくれる反応を期待してか――。
 フレイヤの若葉色の目は、いつになく輝いていた。

(残り二つの香りも、成功しますように)

 心の中でそう祈ると、次は琥珀樹の精油の瓶を手に取るのだった。
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