政略結婚は純愛のように番外編〜やきもちの代償〜
「それを言うなら由梨の方こそ、俺への態度を改めるべきだろう」

「え? 私の隆之さんへの態度……ですか?」

 意外すぎる彼の言葉に、由梨は心底驚いて瞬きをして彼を見た。

「私の態度、悪かったですか……?」

 由梨は最近の彼への態度を思い出す。
 愛する彼に対しては思いやりを持って接しているつもりだが、子育てに追われる中でぞんざいになっていただろうか?

「逆だ」

 隆之が不満そうにした。

「結婚して随分たつのに、君はいつまでたっても俺に対して敬語じゃないか。名前もさん付けだ。それなのに、自分に対する態度が優しすぎると不満に思うなんて。そう思うならまずは自分が改めるべきだ」

「け、敬語は……!」

 思いがけない彼の指摘に、言葉に詰まる由梨に、隆之はさらにたたみかける。

「由梨が俺を呼び捨てにして、敬語もやめてくれれば、少しは俺も由梨の望む通りにできるかも。でもそうだな……せっかく由梨が気づかせてくれたんだ。いい機会だから、これからは夫婦の間で敬語はなしにしようか」

 とんでもない提案に、由梨はブンブンと首を振った。

「そ、そんなのできません……!」

 隆之が眉を寄せた。

「どうしてだ? 俺たちは夫婦だろう?」

「ふ、夫婦ですけど、隆之さんはもとは私の上司ですから」

「そんな何年も前のこと……」

 隆之が呆れたようにため息をついた。
 確かに彼が上司だったのは随分と前のこと。
 だから本当のところそれに引っかかっているわけではない。
 ただ敬語を使っていた期間が長すぎて、急にはできそうにないだけだ。
 そう言ってもきっと引いてはもらえないから、由梨はあくまでそれを言い訳にする。

「でも、上司だったことには変わりないじゃないですか」

「なら上司としての命令だ」

 隆之が不穏な言葉を口にする。と、同時に由梨の世界が反転した。

「え……⁉︎」

 目を白黒させているうちに、あっという間に、ソファの上に寝かされている。両脇についた彼の腕の檻に閉じ込められていた。
 不敵に笑う隆之が、由梨の耳に唇を寄せた。

「由梨、俺の名前を呼んで?」

「ひゃっ……!」

 直接耳に注がれる、低くて甘い彼の声音に、由梨の身体はぴくんと跳ねる。
 そのまま耳を甘噛みされて、熱い吐息が漏れてしまう。

「た、隆之さ……!」

「"さん"はいらない」

「で、でも……」

「やってごらん、由梨。君はいつも優秀な部下だった。できないはずはないよ」

「んんっ……!」

 名前を呼ぶくらい、できなくはない。
 それはそうかもしれないが、こんな風にされては、できることもできなくなってしまう。
 閉じ込めるように自分を囲む彼の腕のシャツをギュッと掴み、甘い攻撃に耐えるのみである。

「由梨?」

「た、隆之さん……!」

「ほら、また」

「だって……! そんな風にされたら、で、できな……つっ」

 そんな話をする間も、彼の唇は由梨の首筋を辿り、胸元にキスを落とす。
 大きな手が服を乱して、中に侵入する。
 不埒な手が身体を這い回る感覚に、由梨はなにも考えられなくなっていく。
 隆之が喉の奥でくっくと笑った。

「せっかく由梨からお願いされたんだ。今夜は俺の好きにさせてもらおうかな。俺の思った通りに、思い切り、遠慮しないで」

 いつもだって、遠慮なんてしている風に思えないのに、彼はそんなことを言って、熱い唇と手で由梨を翻弄し始める。

「た、隆之さ……ま、待って……そういう意味じゃな……ん」

「そういうことだろう? 口が悪いのがうらやましいなら今夜はその通りにしてやるよ。ほら呼べよ、由梨。"隆之"って、俺も由梨の口から聞きたい」

「つっ……!」

 彼の口から出るいつもより少し乱暴な言葉に、由梨の鼓動がドクンと跳ねた。
 うらやましい。
 そう思ったのは確かだが、実際に自分に向けられると、破壊力抜群だ。
 すぐ近くから自分を見つめる鋭い視線に、由梨の背筋が甘く痺れる。
 由梨の耳を甘噛みして、彼は由梨の思考を奪い去る。

「あ、待ってくださ……」

 言いかける由梨に、咎めるような視線を送り、彼は由梨の唇を熱く塞ぐ。

「ん……」

 荒々しい口づけは気が遠くなるくらい長かった。
 由梨の中で縦横無尽に暴れまわる彼の熱に、体温が一気に上昇する。
 ようやく解放された時は、くたりと身体の力が抜けてしまっていた。
 熱い息を吐いてぼんやりとする視線の先で、隆之がぺろりと唇を舐めている。
 その姿に、由梨の胸は高鳴った。

 なんて欲張りなんだろう。

 優しくて穏やかな顔も。
 紳士的な微笑みも。
 野生的な視線も。
 荒々しい言葉も。

 全部全部、ひとりじめしたかった。

「隆之さん、愛してます。大好き……」

 由梨が口にする不完全な言葉に、隆之がどこかうれしそうに不敵な笑みを浮かべる。
 追い討ちをかけるように由梨の耳に囁いた。

「今夜はできるまで終わらないからな」
 
fin
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