噂の絶えない彼に出逢って,私の世界はひっくり返る。
「俺のこと,嫌いじゃないんでしょ。じゃあ,また明日ね。
2年2組の山本 絢奈さん」
捕まれた右手が嘘のように,ぱっと離される。
名前……っ
そうはっとすると,私の胸ポケットからハンカチが出ているのを見つけた。
あなた個人も嫌いですって,そう言い返せば良かったのに。
大して知りもしない彼を相手に,嘘をつくことは出来なかった。
私の名前をバラした罪なハンカチはきっちりとしまって,急ぎ足に立ち去る。
他人事だった彼の見た目も,言葉も,声も。
正面から見つめたあの瞳のせいで,呼ばれた名前のせいで,もう他人ではないのだと言われた気になった。
ああ,どうか。
関わりたくないと答えたはずのあの言葉が,彼に聞き流されていませんように。
私は,ムキになって色んな話をした自分の感情が理解できずにいた。