二十九日のモラトリアム
「そいつが関西弁やってんよ。本人はコッチの生まれらしいけど、親が関西出身や言うて」

 重たい言葉をさらさらと流暢にチヒロは流していく。病院に長く入院していれば、こういう単語も飛び交うのかもしれない。

「で、それを真似してしゃべっとんのがオレや」

 またチヒロの目が私の目を見る。

「そうなんだ」

 当たり障りのない返事しか出来ない自分が嫌になる。

「下手くそな関西弁やってよお怒られたけど、なんや……アイツのこと忘れとうなくて真似しとんのや」

 チヒロの関西弁が下手くそなのかどうかは私にはわからなかった。

「俺と同じ病気で死によって……ああ、やっぱコレて死ぬ病気なんやなぁ思ったわけよ」

 でも、チヒロにとってその人の存在が――その人の死が、とても大きなものだったんだっていうのは伝わってきた。

「で、案の定死にましたわ」

 ははは、とチヒロが乾いた声で笑う。私もつられて口元を笑みの形に取り繕おうとしたけど、きっとぎこちない。

「ええよな、ハナコは寿命で死ねて……」

 また、チヒロの目が献花台に向く。

 握り締められたままの手に、力が込められた。

「せやけど、ちょっと死んでホッともしとるわ。もうしんどい思いせんでええんやなーって」

 献花台を見つめる目が、月の光を受けてきらきら光っていた。瞳に張った膜が、揺れている。

「親には悪いことしたけど、弟もおるし、なんとか踏ん張ってくれるやろ」

 力が込められた手が、震えていた。

「フーカは事故かなんかか? 制服やし」

 チヒロが私の方を見る。来るだろうなって、思った。

「立ち入ったこと聞いてあかんな。すまん、答えんでいい」

 チヒロが、私からすぐに視線を逸らした。でも、私は口を開きかけていた。

「わた、私は……」

 黙ることも、嘘をつくこともしたくないと思った。

「――――自殺したの」

 チヒロに罵られたいと思った。

 健康な体を持って、普通に生活出来ていたのに、私は自分で自分の命を手放した。

 病気で生きたくても生きられなかったチヒロの前でこんなことを懺悔するなんて、悪趣味だとわかってる。それでも、言葉が止まらない。

 こんな自傷行為にチヒロを巻き込むなんて最低だ。
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