二十九日のモラトリアム
死因
「本当に死ぬなんて、思わなかった」

 こんな言葉、言い訳に過ぎない。

「ううん。もしかしたら、死ぬかもって思った。でも、やってみたかった」

 チヒロに握られた手が震える。

「手すりが、壊れそうだったの。錆びてボロボロで、触ったら危ないだろうなってずっと思ってた」

 塾サボって、いつも時間つぶしてた空きビルの非常階段。ずっとずっと、誘惑されてた。眠り姫の錘みたいに、さわってはいけないとわかっているのに、さわってみたい衝動がずっとあった。

「なんかもう、全部嫌になっちゃって……体重をかけてみたの」

 案外、大丈夫じゃないかって思った。ビル自体はそんなに古いわけじゃないし、見た目ほど壊れてないんじゃないかって。でも、壊れるかもって少しは思ってた。

「だって、明日は卒業式なの。第一希望の合格発表だってまだなのに……後期試験に向けてまだまだ勉強しなきゃいけないのに、疲れちゃって……」

 しゃべっていて、自分が情けなくて涙が出てくる。

「居場所がないの……学校にも塾にも家にだって、居場所がない。周りに合わせてばっかで、自分がない。自分がないのに、自分がここにいるのが嫌になって……それで……私は」

 自分の命を消した。

 流行りの物に乗っかって友達と話を合わせて、学校や塾の先生に言われるがまま勉強して、親が指示する通りの大学を受験して――サメ映画見たの、何年ぶりだろう。

 死んでやっと好きなことができるなんて……

「そかー、フーカも頑張っとったんやなぁ」

「え?」

 チヒロからはお怒りお説教が返ってくると思ったのに、返ってこなかった。それどころか、労われてしまった。

 予想外の反応に、思わず間抜けな声がもれて、涙も引っ込む。

「俺、まともに受験勉強したことないねんよなー。大変やとは聞いてるわ。夜遅ぉまで何時間も勉強すんねんやろ?」

 私の決死の告白を雑談みたいなノリで受け止めるチヒロを、私はどんな気持ちで見ればいいんだろう。
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