二十九日のモラトリアム
「私は、全然頑張ってなんかないよ。塾だってサボっちゃって」

 最近は塾をサボって、あの空きビルでスマホさわってずっと時間を潰していた。

 志望校に合格した子も中にはいるけど、友達もみんなまだまだ受験にまっしぐら。塾休んでいることも友達にどうしたのか聞かれてしまって、でもライバルが一人減ってちょうどよかったって陰で笑われてたのも知っている。

 そろそろ家族にもサボっているのがバレてるかもしれない。そう思うと家に帰る気にもなれなくて、怪我をすれば――死んじゃえば、家に帰らなくて済む。そんな浅はかな気持ちで手すりに体重をかけた。

 目の前にニンジンぶら下げられて、走っても走っても追いつけない。もうちょっと頑張ればA判定になるんじゃないか、今でこの大学がA判定なら試験まで頑張ればもっと上の大学もいけるんじゃないかって、到達したはずの目標がすり替えられて走っても走ってもゴールにたどり着けない。ようやくたどり着けたと思ったゴールも、自己採点で絶望的だった。終わるはずだったマラソンは、後期試験まで延長されてしまった。でも、私はもう息も絶え絶え。
もっと頑張れもっと頑張れ、もう私の気持ちはポッキリ骨折してしまっていた。

「みんな私よりももっと頑張ってるのに、私は全然ダメなの」

 チヒロの隣で、私は膝を抱えて丸くなる。チヒロが大きなため息をついたのが聞こえて、チヒロの手を握ったままビクリと跳ねる。

「ああ、悪い悪い。怯えんといて」

 ひらひらと手を振って、チヒロが私に向かってのため息じゃないアピールをしてくる。

「いやな、俺もそういうのあったんよ。検査嫌で嫌や嫌や文句言うとったら、俺より小さいのに頑張ってる子だっておるとか言われてな。知らんがな。俺は頑張れへんねん、しゃあないやん。俺と同じ年でオリンピックでとるやつがいるって言われても、俺はオリンピックには出られんし、もっと頑張ってるやつがいる言われても、俺にはそこまで頑張れん。オリンピック出れるぐらい走ったら文字通り死んでまうし、嫌や嫌や弱音吐かんと気持ちが死んでまう」

 合点がいったように、チヒロがうんうん頷く。

「そっか。フーカはそれで死んだんやな。サボりの弱音吐いてても、間に合わんくて気持ちが死んでしまったんやな」

 チヒロの手が、私の頭にふわりと触れる。

「頑張っとったんやなぁ」

 私に聞かせるでもなく小さくつぶやかれた言葉が、本当にチヒロがそう思ってくれているんだと伝えてくれる。
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