二十九日のモラトリアム
「それでは、参りましょうか」

 うやうやしく礼をする猫と犬。

 猫はチヒロに、犬は私に肉球のついた手のひらを向ける。

 この手を取ったら、あの世に連れて行かれるんだろう。そう思うとすぐにその手を取れなかった。

「私とチヒロは、同じところにいけるの?」

 最後は天国と地獄にわかれるのだとしても、その前に裁判みたいなのがあるって聞くし、まだしばらくは一緒にいられるだろうか。そう思って犬に聞くと、小首を傾げた。

「ええと、確かフーカ様が運ばれた病院はチヒロ様とは別の病院でしたね」

 違和感。

「え?」

 なんだか、話が嚙み合っていない気がした。

 なんで今病院の話になっているんだろう。私はあの世の話をしているはずなのに。

「どこで死んだかで、あの世の住所も決まるんか?」

 チヒロの言葉に、猫も首を傾げる。

「特に関係ないですが……どうして、そのようなことをお聞きになるんですか?」

「そりゃ、フーカと一緒にいたいからや」

 きっぱりと言うチヒロの言葉に、胸が熱くなる。

「ご病気がおありとはいえ、そんな死後のことを今から考えなさらずに……これからの人生に目を向けましょうよ」

 猫が憐憫の眼差しをチヒロに向けている。

「「これからの、人生……?」」

 チヒロと私の声が重なる。

「あるんか、人生」

「死んだんでしょ? 私たち!」

 チヒロと私の言葉に、猫と犬が顔を見合わせる。

「そりゃあ、ありますよ。ショックで魂は肉体は離れましたが、一命は取り留めております」

「いわゆる臨死体験ってやつですね。いくら休暇中でも死んだ人間の魂を一晩も放置するわけないじゃないですか!」

 犬が常識知らずを見るような目を向けてくるけど、あの世の常識をこの世の私たちが知っているわけがない。

 死んで幽霊になったっていうのは、私たちの勘違い。ただ死にかけたショックで魂が抜けてしまっただけで生きている。

 今は意識不明の重体かもしれないけど、冥府の休みが終わったから、これから体に戻してもらえるみたいだし、そしたら無事目が覚めるんだ。

 ――正直、死んだことを後悔していた。チヒロは病死だって言ってくれたけど、それでも愚かなことをしてしまったと思ってる。生き返れるなら、生き返りたい。卒業式には出られないかもしれないけど、今までの寂しい自分を卒業できそうな気がした。

 病気だっていうならちゃんと治したいし、我慢してた好きなことだってやりたい。第一志望の結果はまだ出てないけど滑り止めは合格してるんだし、もうそれでいいじゃないかって、自分を甘やかして褒めてあげて、チヒロの頑張ってたって言葉を本当にしたかった。

 B級サメ映画だって、思い切ってカミングアウトすれば同じ趣味の人が見つかったりするかもしれない。

「生き返るんか……」

 つぶやかれたチヒロの声にハッとする。チヒロの声には、絶望が滲んでいた。

「生きてるんか……」
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