二十九日のモラトリアム
夜明け
「そろそろ、お迎えが来そうやな」

「そうだね……」

 まだ太陽の光は見えないけど、太陽は確かに近づき空を照らし始めていた。

「あの世ってどんなところなんだろう」

「天国とか地獄とか、やっぱあんのかな」

 チヒロは病死だって言ってくれたけど、やっぱり自殺した私は地獄域だったりするのかな。

「チヒロはきっと天国行きだよ」

 ぎゅっと、チヒロの手を握り締める。

「フーカも天国やって。こんな優しいねんから」

 チヒロが私の目を見て微笑みかけてくれる。

 こんな気持ちになれるなら、死んだ後悔も薄れる気がした。

 チヒロに会えてよかった。

「ずっと死ぬん怖かったけど、フーカが一緒やったら怖ないわ。あの世もきっとええとこやろ」

 二人で話しながら空を見上げる。

 明るさが増していく。

 夜明けを見るのは、生まれて初めてだった。

 すごく、不思議な感じがする。

 夕焼けの逆バージョンなだけで、たいした違いないだろうって思ってた。

 でも、全然違う。

 夕焼けよりもずっと優しい。

 地球が回っていることを実感する。

 太陽が昇ってくるんじゃない。

 太陽がいるほうを、私たちがのぞき込んでいる。

「キレイやな」

「うん……」

 太陽がその姿を現す。

 存在するすべてのものが長い影を落とすけど、私たちの足元にはどんな影も生まれない。

 このまま灰になったりしないかちょっと心配になったけど、私たちは変わらずそこに立っていた。

「ああ、おりました。おりました」

「お待たせしまして、大変申し訳ありません」

 私たちの元に、十二単の猫と水干の犬が現れた。
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