「妹にしか思えない」と婚約破棄したではありませんか。今更私に縋りつかないでください。
「夫人、お見苦しいことを言わないでください。嵌めて嵌められて、私達が生きているのはそういう世界ではありませんか」

 怒る夫人の言葉を、ギルドルア様は受け流していた。
 その態度に、夫人はさらに怒っているように見える。すっかりギルドルア様の戦略に乗せられているようだ。
 こういう時に怒ってしまったら負ける。それは私がかつて彼女に体験させられたものだ。その失敗を夫人本人が犯しているというのは、奇妙なものである。

「あなたは男女の機微には敏感であるが、そういった戦略に関してはからっきしだったようですね……愚かなものだ。もっと貴族を学ぶべきでしたな」
「知ったような口を聞かないで頂戴」
「少なくとも、あなたよりは知っているつもりですが……」

 ギルドルア様は、そこで後ろを見た。
 釣られてみて見ると、そちらから一人の初老の女性がゆっくりとこちらに歩いて来るのがわかった。
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