Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
* * * *

 それはいつもの帰り道だった。

 マンションの前に到着し、オートロックを開けた途端にエレベーターのドアが開いて、まるで流れるようなリズムで乗り込む。

 自分で動いている感覚はなく、映像を見ているようだ。

 ボタンを押してもいないのにあっという間に四階に辿り着き、降りた瞬間に部屋のドアを開く。そして閉めようとした時、ドアの隙間に何者かの手が差し込まれて大きく開かれた。

 見上げると町村が見下ろすように立っていて、
「今度こそ逃さないぞ」
と言い放つ。

 その目はギラリと光り、恐怖心がこみあげ、春香は一心不乱に走り出す。

 部屋の中にいたはずが真っ暗闇に変わり、逃げても逃げても終わりが見えない。

 助けて! 心の中で叫んだ瞬間、春香は悪夢から覚めた。

 呼吸が乱れ、心拍数が上がり、冷や汗が滴る。まるで現実に起きたことのようにすら感じられた。

「春香さん、大丈夫ですか?」

 突然背後から声をかけられ、春香の体は大きく震えて小さな悲鳴が口から漏れる。しかしそれが瑠維の声だとわかると、安心感に包まれた。

 布団の中で寝返りを打つと、上半身を起こした瑠維が、心配そうに春香を見ていた。

「怖い夢でも見ましたか?」
「うん……ちょっと……」

 瑠維の手が春香の髪を撫でると、少しずつ気持ちが落ち着いていく。

「瑠維くん、ちゃんとここで寝てくれたんだ……」
「それが約束ですから……水でも持ってきましょうか」
「ううん、大丈夫。それよりもここにいて欲しい……」

 彼がいてくれて良かったーーもし一人だったら恐怖に震えて、布団にくるまっていたかもしれない。

 誰かがそばにいて、心配をしてくれている。寄り添ってくれる人がいるのはこんなに心強いと思わなかった。

 春香は瑠維のパジャマにそっと触れる。恋人だったら抱きついてしまいそうだけど、そうではない二人の距離感を越えないように気をつける。

「今日の夢を見たの……逃げてる途中で目が覚めたから良かった。あのままじゃ逃げきれなかったかもしれないから……」

 瑠維の手は今も春香の髪を優しくゆっくりと撫でている。

「瑠維くんがいてくれて良かった……本当にありがとう」
「いえ……」

 再び眠気に襲われ始めたのは、瑠維の手の感触が心地良かったからだろう。少しずつ意識を失いかけていた時だった。

「助けられていたのは僕の方なんです……。だからあなたを失いたくないし、守りたいんだ」

 瞼が落ち、自力で開くことは出来そうもない。

 体が力強く包まれ、唇に温かいものが触れる。一瞬呼吸の仕方を忘れてしまったが、すぐに解放された。今のはなんだった? 何故だか胸がキュンとする。

 よくわからないけど、それは起きてからもう一度考えることにしよう。睡魔に負けた春香は、そのまま眠りの世界に誘われていった。
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