白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです


「これで、貸しが幾つになった?」
「っ……」
「もう、上限超えただろ」
「……」

彼の言う通り、返せないほどの借恩地獄状態だ。

決してお金では返せないご恩。
命には限りがある。
それは自分が一番よく分かっている。

誰かのために犠牲にする命なんて、この世に一つもない。
だからこそ彼の言葉が、行動が、思いやりが心に突き刺さる。

『君と結婚したい』だなんて、女を口説き落すための常套句だと思っていた。
ポンと何でも買い与えれるような、一握りの人たちの特有のお遊びなのかと思っていた。

だけど、体を張ってまで守って貰ったことで確信した。
彼の言動が、彼の本心であったのだと。

飄々とした表情で言われたから、ピンと来なかった。
女を手玉に取るような甘い微笑みだから、気付かなかった。
何度となくストレートに言われても、三十路手前の失恋女を揶揄っているとばかり…。

ううん、違う。
五年も夢中になってた恋ですら偽りの関係で、もう同じ過ちを犯したくないと、自ら防御壁を隔てて必死に抵抗していた。

そんな私をずっと、彼は優しさで包み込んでくれていたんだ。
こんな大怪我をさせて気付くなんて、大馬鹿者だ。

「喉乾いたんだけど、まだダメだよな」
「小腸を損傷したと聞いているので、担当医師に確認しないと…。水を飲んで大丈夫か、確認しましょうか?」
「いや、いいよ。そのうち看護師が来るだろ。それにしても、左腹部で助かった」
「……はい」

右側だったら、肝臓を損傷しててもおかしくない。
医師だから、自分の体の状況くらい把握できるだろう。

「采人さん、ありがとうございます」
「何、急に」
「……庇って下さって」
「じゃあ、…御礼なら、ここに」

突き出された頬。
そこに『キス』してと言わんばかりだ。
これが冗談だということも分かっている。
だけど……。

「んっ……」
「利子の分ですっっ」

吊り橋効果だろう。
彼が愛おしく思えるのは。

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