白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです

一応、これでも名刺くらいはある。
普段の使用頻度なんて皆無だけれど。

「黒瀬 夕映さんって言うんですね」
「…はい」
「あの新郎の男性が、『夕映』って何度も言ってたので、下の名前は憶えてました」
「っ…」
「お知り合いだったんですね、彼と」

呼び捨てにし、土下座までする間柄なんだから、親しい人物だと思われてもおかしくない。

「彼氏だったんです、あの瞬間までは」
「え?」
「私は別の、親友の結婚式に呼ばれてて、たまたまあの場に居合わせたんですけど、まさか、恋人の挙式に居合わせるとか…。何の悪戯なんでしょうね」

つい先ほどの電話でのダメージもあって、オブラートで包むことなく吐露してしまった。

「何だか、鬱憤が溜まってそうですね。私でよければ聞きますよ」
「へ?」

穏やかな声音だからなのか。
紳士的な態度だからなのか。
あんなありえない場に居合わせた、縁だからなのか。

五年も交際して、あの数日前にも会っていたことや、結婚を意識し始めていたことも全て話してしまった。
講習会場のロビーにあるソファに座り、缶珈琲片手に……。

「それで、先程の電話に繋がるわけですね」
「……はい、お恥ずかしい限りです」
「私でよければ、いい部屋、紹介しましょうか?」
「へ?」
「袖振り合うも多生の縁。ここでお会いしたのも何かのご縁かもしれませんし」

柔和な笑み。
優しい声音。
温かな眼差し。
そして、上品な香り。

思わずうっとりと見惚れてしまう。
全てが完璧で、ころりと一瞬で落ちてしまいそうなほど魅力的な男性だ。

「でも、ご厚意に甘えて、本当にいいんですか?」
「もちろん。貴女のように綺麗な女性と知り合いになれるなら」

うわっ、セリフまで王子様気質だ。
いや、たらしなのか?

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