利害一致の契約婚だったはずなのに、激しい愛が注がれるようになりました。
「……わ、分かった。そうするね」

 いつも通りの私で良いなんて、そんな風に言われるのは何だか少し照れ臭い。

 彼のその言葉から彼にとっての私はどういう印象なのかが酷く気にはなるけど、それを聞く勇気は無かったから敢えてスルーした。

 そして、先程中断してしまった連絡先の交換を済ませ、今後の事について話し合っている時に一つの問題が浮かび上がる。

「そういえば、職場にはなんて話そう……」
「詳しく話す必要なんて無いだろう?」
「いや、それがそうもいかないのよね……」

 笹葉くんからしたら、『実は交際していた』の一言で済むかもしれないけれど、私にとってはそうもいかない。

 だって、相手は他でも無い笹葉くん。女子社員たちが常に彼との接点を探している、あの笹葉くんだ。

 そんな彼と私が『実は交際していました』なんて告げたが最後、『いつから?』『今まで黙っていたのは何故?』『私たちを差し置いて何でアンタみたいなのが……? 有り得ない』……みたいに思われるかもしれないのだ。

 そう考えただけで気は重くなるし、胃が痛くなる。

「……そんなに悩む事は無いと思うが……とにかく、職場については俺に任せてくれないか?」

 私の表情があまりにも暗かったのか、心配そうに声を掛けてくれた笹葉くんは自分に任せて欲しいと言ってくれたので、

「……分かった。それじゃあ職場での事については笹葉くんにお願いするね」

 ひとまず任せる事に決めた。

「分かった。それと、今後俺たちは名前で呼び合う方が自然だと思うんだが、どうだろうか?」
「え?」
「まあ、交際期間の日が浅ければ名字で呼び合うのも問題は無いかもしれないが、名前で呼び合う方が交際している事に信憑性を持たせられると思う。まああくまでも、プライベートな時間のみに限られると思うが」
「……た、確かに。それじゃあ仕事以外ではその……名前で、呼び合う?」
「ああ、そうしよう。互いに呼び捨てで構わないか?」
「あ、うん……」
「それじゃあ改めて、これからよろしく頼むよ、実玖」
「こちらこそよろしく……楓」

 こうして私たちは交際期間0日にして結婚の約束を取り付けたのだけど、女性慣れしていないと思っていた笹葉くん――もとい楓は意外にも、抵抗無く名前で呼び合える程に異性に対して耐性があったようで、私はただただ彼の新たな一面に圧倒されるだけだった。
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