私はお守りじゃありません! ~現代の大奥で婚約バトル!? 呪われた御曹司が「君は俺のお守りだ」と甘えてきます~
 ぎゅっと目を閉じた一鈴は、だけど衝撃が来ないことに気が付いた。
 ガチャ、とドアが開く音がした。
「お気をつけになって。車に傷がつきますわ」
 いらついた声に顔を上げると、佳乃がいた。
「動物がいたんで」
 えへへ、と笑う。腰が抜けて立てなかった。心臓がばくばくして呼吸が荒くなる。

「お怪我はございませんか」
 運転手の低い声がした。言葉とは裏腹に声音は険しかった。三十歳前後だろうか。背が高い。
 二人ともヘッドライトを背に立ち、妙に迫力があった。運転手の腕時計がきらりと光る。

「車が無事で良かったです」
 へへ、と笑って無理矢理立ち、よろけながら森へ逃げ込んで木の下で座り込む。
 俺に近付く女性は不幸になる。
 穂希の声が蘇る。
「まさか」
 どう考えても偶然だ。
 だからこその呪いなのか。
「んなわけないか」
 一鈴はへらへらと笑った。何度か深呼吸し、自分を落ち着ける。

「動物を助けて人知れず徳を積んじゃった。恩返しにこないかな」
 星を眺め、口に出してみる。が、やはりわいてくる感情がある。
「……怖かった」
 死ぬかと思った。狸を助けて死ぬなんてバカだと笑われるだろうか。

 夜空に家族の姿が見えた気がした。
 口数の少ない父、朗らかな母。生意気な弟、冷静な下の弟、元気な妹。
 今、みんなはどうしているだろう。
「ねえちゃん、がんばるからさ」
 こぼれたつぶやきは、夜に静かに溶けていった。
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