三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
芋の茎は芋柄というらしい。

 甘辛く煮た芋柄はご飯にとてもよく合った。

「ごめん、契約違反だね。白米、今度返す」

「いいよ。今日はナイス一ノ瀬さんだから」

「何それ?」

「おばあさんに弁当譲ったから」

「いや、あれは完全に負け。っていうか初めから負けは決まってたんだよね。あの学生アルバイトったら。でも、あの子がナイスだよ。あんな優しいなんてさ」

「一ノ瀬さんにはかなり怯えてたのにね」

「そんなに私、怖かったかな」

「殺気立ってた」

「そう?」

「うん」

 武者が笑顔を見せる。

 ドクダミ茶を注いでくれながら。

 食べ終わって食器を洗うと、利香は、さてと!と残業に取り掛かろうとした。

「これから仕事じゃ大変だね」

 武者が大きな紙袋に詰めた布やレースや紐を見ている。

「一ノ瀬さんが手芸用品店に勤めてたの知らなかった」

「こう見えて器用なんだから」

「見かけによらないね」

「冗談は禁止ですよ」

 武者はもうパジャマに着替えてそろそろ就寝のようだ。

「武者ってどんな仕事してるの?」

 即答しない武者を見て利香は慌てた。

「あ、詮索しない!立ち入らない!」

 武者がフッと笑みを浮かべる。

「運送会社。前はドライバーだったんだけど今は事務職」

「へえ。見かけによらないね」

「そう?」

「さてと、今日は型紙だけ作ろう」

 利香がためておいたポストに入っていたチラシの束を出す。

「型紙はこれで作るの。紙質がけっこうしっかりしているから」

「へえ」

「あの、今晩は電気、遅くまで点けてることになる」

 自分の部屋に入ろうとした武者が立ち止まる。

「俺は今日図書館に寄って本をたくさん借りてきたんだ」

「ふーん」

「電気点けないと本は読めない」

「そうだね」

「こっちでやれば?」

 武者が自分の部屋を見る。

「電気、一つで済むし」

 武者は特に普通の顔だ。

 狭い部屋に2人いるとそれだけで少しは暖かい。

 利香はモチーフ繋ぎのショールを羽織ると、雑紙を抱えて武者の部屋に入った。

 武者はベッドに寝転んで真剣に本を読んでいた。

 利香は武者の文机を使って型紙を作った。

 武者が本を捲る音と、利香が紙を切る音が重なる。

 カーテンの隙間からさっきの細い三日月が口角を上げて見下ろしていた。
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