壁尻マッチング☆~アンニュイな王太子さまをその気にさせる古の秘策!~
七話 始まる王太子妃教育
コンラート殿下とは別々にお風呂に入った後、国王へ謁見を申し込み、儀式によって結ばれたことを報告した。
入れ替わりの件も報告をしたが、国王陛下からクリスタにお咎めはなかった。
「むしろ、そういう運命だったのだろうな。『壁尻の儀』は神秘の技だ。二人が結ばれたという事実が全てだ」
そう感慨深げに呟かれたのだった。
クリスタが王太子妃に内定したことは、儀式の次の日に公表された。
婚約期間は設けず、妃教育が終わり次第、すぐに婚姻となる。
コンラート殿下からはしきりに王宮に滞在するよう勧められたが辞退した。
すでに妃教育を終えたアデーレから教授してもらうため、ケップラ侯爵家で過ごすのだ。
クリスタだって本当はコンラート殿下のそばに居たい。
だけどこれからずっとそばに居るために、しばしのお別れを選んだ。
(それに、あんなに素敵なコンラート殿下と常に一緒にいては、勉強に身が入らないかもしれない)
コンラート殿下の甘い眼差しを思い出し、クリスタは顔を赤くする。
クリスタは国王陛下へ謁見する前に、元夫との間に子をもうけたが、死産だったことをコンラート殿下に包み隠さず話した。
不吉な女であるとの烙印を押され、それを理由に離縁されたことも。
コンラート殿下は子を亡くしたことを悼んでくれた。
そのことで傷ついたクリスタのことも慮ってくれた。
最後に、私たちの愛しい子が無事に産まれてくれるように、精一杯尽くすと誓ってくれた。
全身全霊で愛していると伝えてくるコンラート殿下に、クリスタは胸がいっぱいになる。
こんな気持ちは初めてだ。
将来、コンラート殿下の隣に立ちたい。
王太子妃としてふさわしくありたい。
だから芽生えたばかりの恋心にちょっと待ってもらって、今は勉強を頑張ろうと思った。
そうして始まった妃教育だったが、予想に反してアデーレは厳しい先生だった。
「私のお姉さまが宮廷で軽く見られるようではいけないわ!ここはきっちり、学んでもらいますからね!」
二年間かけて王妃さまから教わったことを、半年以内に習得させると豪語するアデーレ。
それを微笑ましく眺めるお母さま、無理はしなくていいと心配してくれるお父さま。
ここは温かい。
(コンラート殿下とも、こんな家族になりたいな)
クリスタは明るい未来を思い描いていた。
◇◆◇
順調に思えたクリスタの先行きに暗雲が立ち込めたのは、アデーレと一緒に参加したお茶会でのことだった。
夫人や令嬢との交流も大事な王太子妃の務めだからと、親交のある伯爵夫人に招かれて出向いたのだが、そこに元夫の母であるアッカーマン侯爵夫人がいたのだ。
アッカーマン侯爵夫人は気位が高く、伯爵家程度のお茶会には基本的に参加をしない。
それに伯爵夫人は、クリスタがアッカーマン侯爵家から離縁された事情を知っている。
だから両家を同時に招くはずがないのだが。
考えられる可能性としては、アッカーマン侯爵夫人が招かれてもいないのにやってきたか、他に招待された人に付き添ってきたか、だ。
どちらにしろ今、クリスタは離縁されてから初めてアッカーマン侯爵夫人と直接顔を合わせることになった。
伯爵家の庭を開放して催されているため自由に散策している人も多く、遠くからは見頃の白バラを楽しむ声が聞こえてくる。
そんな朗らかな日和にふさわしくない顔でクリスタとアデーレを睨みつけたまま、開口一番アッカーマン侯爵夫人はこう言い放った。
「あら、どこのどなたかと思えば、我が家を追い出された役立たずじゃない。よく世間に顔を出せるわね、腹の子を殺しておいて。なんの間違いか王太子妃に内定しているようだけど、早々に辞退することをお勧めするわ。王族の子を殺して、一族郎党縛り首になりたいの?」
猛禽類のような顔だちだった元夫とそっくりな鷲鼻を、ツンと反らして棘のある言葉を吐くのは嫁いでいた頃と変わらない。
散々いたぶられてきたクリスタは、条件反射のように怯えが出て、顔をうつむかせてしまう。
口答えをすれば、躾がなっていないと物を投げつけられた記憶が脳裏をよぎる。
隣にいるアデーレは黙ったままだ。
ここで揉め事を起こせば、伯爵夫人の顔に泥を塗る。
だからあえて沈黙を貫いているのだろう。
「ケップラ侯爵家ごときが大きな顔をするんじゃないわよ。侯爵家の中で一番格が高いのはアッカーマン侯爵家なのだから」
「そもそも出戻りが王太子妃に選ばれるなんて、おかしいわ」
「だいたい、王太子妃候補だったのは妹のほうでしょう」
「王太子殿下より年増のくせに」
「カールもこんな役立たずの何が良いのやら」
カールというのがクリスタの元夫の名前だ。
紺髪黒瞳で、髪型はオールバックを好むため、鋭い顔つきと合わせてどうしても怖く見える。
年はクリスタの5つ上、クリスタと離縁したあと、まだ再婚をしていない。
(アッカーマン侯爵夫人は二言目には「早く後継者を!」と私を急かしたけど、次の婚約者は見つからないのかしら)
罵詈雑言を尽くして、アッカーマン侯爵夫人は満足したのか帰っていった。
きっと私たちに文句を言うためだけに参加していたのだ。
あとから伯爵夫人に平身低頭で謝罪された。
やっぱり招いてもいないのに勝手にやってきたらしい。
格上の貴族に帰ってくださいと言うわけにもいかず、私たちのいる場所には案内しないようにしたが、運悪く出会ってしまったようだ。
悪いのは伯爵夫人ではないし、迷惑をかけてしまったのはむしろこちらだ。
せっかく白バラが美しい伯爵家の庭だったが、私たちは見る前にお暇した。
「お姉さま、怖いのは分かるけど、ああいう場面でうつむいては駄目よ。相手を喜ばせるだけだわ。何も言わなくてもいいから、顔は上げておいてね」
もちろん帰りの馬車の中で、不甲斐ない私はしっかりアデーレ先生から指導を受けるのだった。
入れ替わりの件も報告をしたが、国王陛下からクリスタにお咎めはなかった。
「むしろ、そういう運命だったのだろうな。『壁尻の儀』は神秘の技だ。二人が結ばれたという事実が全てだ」
そう感慨深げに呟かれたのだった。
クリスタが王太子妃に内定したことは、儀式の次の日に公表された。
婚約期間は設けず、妃教育が終わり次第、すぐに婚姻となる。
コンラート殿下からはしきりに王宮に滞在するよう勧められたが辞退した。
すでに妃教育を終えたアデーレから教授してもらうため、ケップラ侯爵家で過ごすのだ。
クリスタだって本当はコンラート殿下のそばに居たい。
だけどこれからずっとそばに居るために、しばしのお別れを選んだ。
(それに、あんなに素敵なコンラート殿下と常に一緒にいては、勉強に身が入らないかもしれない)
コンラート殿下の甘い眼差しを思い出し、クリスタは顔を赤くする。
クリスタは国王陛下へ謁見する前に、元夫との間に子をもうけたが、死産だったことをコンラート殿下に包み隠さず話した。
不吉な女であるとの烙印を押され、それを理由に離縁されたことも。
コンラート殿下は子を亡くしたことを悼んでくれた。
そのことで傷ついたクリスタのことも慮ってくれた。
最後に、私たちの愛しい子が無事に産まれてくれるように、精一杯尽くすと誓ってくれた。
全身全霊で愛していると伝えてくるコンラート殿下に、クリスタは胸がいっぱいになる。
こんな気持ちは初めてだ。
将来、コンラート殿下の隣に立ちたい。
王太子妃としてふさわしくありたい。
だから芽生えたばかりの恋心にちょっと待ってもらって、今は勉強を頑張ろうと思った。
そうして始まった妃教育だったが、予想に反してアデーレは厳しい先生だった。
「私のお姉さまが宮廷で軽く見られるようではいけないわ!ここはきっちり、学んでもらいますからね!」
二年間かけて王妃さまから教わったことを、半年以内に習得させると豪語するアデーレ。
それを微笑ましく眺めるお母さま、無理はしなくていいと心配してくれるお父さま。
ここは温かい。
(コンラート殿下とも、こんな家族になりたいな)
クリスタは明るい未来を思い描いていた。
◇◆◇
順調に思えたクリスタの先行きに暗雲が立ち込めたのは、アデーレと一緒に参加したお茶会でのことだった。
夫人や令嬢との交流も大事な王太子妃の務めだからと、親交のある伯爵夫人に招かれて出向いたのだが、そこに元夫の母であるアッカーマン侯爵夫人がいたのだ。
アッカーマン侯爵夫人は気位が高く、伯爵家程度のお茶会には基本的に参加をしない。
それに伯爵夫人は、クリスタがアッカーマン侯爵家から離縁された事情を知っている。
だから両家を同時に招くはずがないのだが。
考えられる可能性としては、アッカーマン侯爵夫人が招かれてもいないのにやってきたか、他に招待された人に付き添ってきたか、だ。
どちらにしろ今、クリスタは離縁されてから初めてアッカーマン侯爵夫人と直接顔を合わせることになった。
伯爵家の庭を開放して催されているため自由に散策している人も多く、遠くからは見頃の白バラを楽しむ声が聞こえてくる。
そんな朗らかな日和にふさわしくない顔でクリスタとアデーレを睨みつけたまま、開口一番アッカーマン侯爵夫人はこう言い放った。
「あら、どこのどなたかと思えば、我が家を追い出された役立たずじゃない。よく世間に顔を出せるわね、腹の子を殺しておいて。なんの間違いか王太子妃に内定しているようだけど、早々に辞退することをお勧めするわ。王族の子を殺して、一族郎党縛り首になりたいの?」
猛禽類のような顔だちだった元夫とそっくりな鷲鼻を、ツンと反らして棘のある言葉を吐くのは嫁いでいた頃と変わらない。
散々いたぶられてきたクリスタは、条件反射のように怯えが出て、顔をうつむかせてしまう。
口答えをすれば、躾がなっていないと物を投げつけられた記憶が脳裏をよぎる。
隣にいるアデーレは黙ったままだ。
ここで揉め事を起こせば、伯爵夫人の顔に泥を塗る。
だからあえて沈黙を貫いているのだろう。
「ケップラ侯爵家ごときが大きな顔をするんじゃないわよ。侯爵家の中で一番格が高いのはアッカーマン侯爵家なのだから」
「そもそも出戻りが王太子妃に選ばれるなんて、おかしいわ」
「だいたい、王太子妃候補だったのは妹のほうでしょう」
「王太子殿下より年増のくせに」
「カールもこんな役立たずの何が良いのやら」
カールというのがクリスタの元夫の名前だ。
紺髪黒瞳で、髪型はオールバックを好むため、鋭い顔つきと合わせてどうしても怖く見える。
年はクリスタの5つ上、クリスタと離縁したあと、まだ再婚をしていない。
(アッカーマン侯爵夫人は二言目には「早く後継者を!」と私を急かしたけど、次の婚約者は見つからないのかしら)
罵詈雑言を尽くして、アッカーマン侯爵夫人は満足したのか帰っていった。
きっと私たちに文句を言うためだけに参加していたのだ。
あとから伯爵夫人に平身低頭で謝罪された。
やっぱり招いてもいないのに勝手にやってきたらしい。
格上の貴族に帰ってくださいと言うわけにもいかず、私たちのいる場所には案内しないようにしたが、運悪く出会ってしまったようだ。
悪いのは伯爵夫人ではないし、迷惑をかけてしまったのはむしろこちらだ。
せっかく白バラが美しい伯爵家の庭だったが、私たちは見る前にお暇した。
「お姉さま、怖いのは分かるけど、ああいう場面でうつむいては駄目よ。相手を喜ばせるだけだわ。何も言わなくてもいいから、顔は上げておいてね」
もちろん帰りの馬車の中で、不甲斐ない私はしっかりアデーレ先生から指導を受けるのだった。