命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
「スヴァンテ・ボルツマン。それが俺の本当の名前。サイラス様の近侍だ」
「……でも、ありえないです。結婚式のときもその前も、皇帝陛下にご挨拶されていましたよね? サイラス様のふりをするなど不可能です」

 皇后とサイラスは血が繋がっていないが、皇帝とは実の父子だ。
 仮面で半分顔が隠れているとしても、入れ替われば別人だとわかりそうなものだけれど。

「俺とサイラス様は容姿が似ていたんだ。それに、皇帝陛下は力のない子爵家の三男の顔などはっきりと覚えていない」
「では、陛下はずっとスヴァンテ様をサイラス様だと?」
「さあ、どうだろうな」

 目の前にいるスヴァンテという男性も、自分と同じように皇帝や皇族を謀る大罪を犯していたなどとフィオラは微塵も考えておらず、ひっくり返りそうなほど衝撃を受けた。
 当の本人は肝が据わっているのか、なぜか堂々としていて笑みまでたたえている。

「皇帝陛下と本物のサイラス様が最後に会ったのは六年前。サイラス様の十八歳の誕生日だ。それ以来ふたりは顔を合わせていない。皇后様やほかのご兄弟に至っては十歳のころから関係を断っていると聞いている」
「そんなに前から……」
「皇后様は大人になったサイラス様の姿を知らない。だから仮面を付けた俺をすぐにサイラス様本人だと信じたようだ」

 子どもは成長と共に顔が変わっていく。
 サイラスとスヴァンテの顔だちが元々似ているのなら、上手に入れ替われば偽者だと気づかないのも納得がいった。

「どうしてサイラス様の身代わりを?」

 おそらくサイラスから頼まれて仕方なく身代わりを引き受けたのだろう。だとしたらなにか事情があるはずだ。
 聞いてもいいのかどうか迷った末、フィオラはおそるおそる尋ねてみた。

「サイラス様には師と仰ぐ方がいる。ローズ宮でずっと哲学や精神分析学を教えてくださっていたフェルバーン先生だ。先生が山のふもとにある辺境の村の子どもたちに学問を教えたいからローズ宮を去ると伝えたら、サイラス様も一緒について行きたい、と」
「……サイラス様は今もそちらに?」
「身分を隠して教師をしているそうだ。すぐに戻るからお前が仮面を付けて第二皇子のふりをしていろと言われてから三年が経つ。縁談の話が来たときも手紙を出したんだが……サイラス様はもう戻られないおつもりかもしれないな」

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