命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
 皇帝や皇后と顔を会わせることがないなら、少しのあいだ自分が代理を務めても問題ないとスヴァンテは考えていた。
 だがその事実が外に漏れないよう、ふたりが入れ替わる寸前にローズ宮の使用人たち全員に暇を出した。なので現在働いている使用人たちの中に成りすましを知る者はいない。
 しかしスヴァンテもこんなに長期に渡るとは思っていなかった。ましてや結婚の話が持ち上がり、あれよあれよという間に実際に妻を娶ってしまうなんて。

「今話したことはふたりだけの秘密だ。このままローズ宮でひっそりと暮らせばいい。そのためには、俺や君が偽者だと誰にも気づかれてはいけない」
「あの……いいんでしょうか」

 普通ならバレた時点でローズ宮から追い出されるどころか、皇帝の前に突き出されて牢屋に入れられる。フィオラの身を庇えば自分も咎められかねないのに、スヴァンテは事実を明るみにする気はないようだ。
 この日からふたりは一蓮托生の間柄になった。

「俺は君の味方だと言っただろ?」
「スヴァンテ様……」

 目力のある瞳に射貫かれ、吸い込まれてしまいそうだなと思いながらフィオラが見つめ返していると、スヴァンテが顔を傾けて唇を重ねた。
 やさしくて温かい初めてのキスを経験したフィオラの心臓は激しく鼓動して、今にもその音が外に漏れ聞こえそうだ。

「もしもサイラス様が戻ってこられたら……君は本物のサイラス様の正妃になるのかな? それは嫌なんだけど」

 スヴァンテは唇を離したあと、妖艶な表情をしたままそう口にした。
 たしかにこの先、ふたりの運命はどう転ぶかわからない。常に綱渡りだ。

「偽者の私が身の程をわきまえず、本心を言っていいのなら……」
「うん」
「これからもずっと、スヴァンテ様のそばにいたいです」

 頬を真っ赤に染めながら気持ちを伝えるフィオラを間近で目にしたスヴァンテは、彼女の純真さに胸を打ち抜かれてしまう。
 愛しくて仕方なくて、気がつくと無意識に右手を伸ばして頭や頬を撫でていた。

「フィオラ。俺は君が好きだ」

 どんなに困難な運命が待ち構えていようとも、ふたりで進める道を探したい。
 気持ちが通じ合ったフィオラとスヴァンテは、このとき互いにそう思っていた。

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