君はまだ甘い!

第8話 彼のペース

ヒロキが現れた日から2か月が経ち、桜の花びらが舞い散る季節になっていた。

新学期を迎え、ユカは中三になり、いよいよ進路を考える時期が来た。
マヤの収入だけでは私立は諦めてもらわねばならないことを率直に伝え、本人も特に異存はないようだ。
マヤとヒロキの再婚を最後まで頑なに拒否したのは、ユカだった。

父親が他の女とどうこうなったという事実は、思春期の不安定で敏感な年ごろのユカに、激しい嫌悪感と反感を抱かせたようで、三人での話し合いの場でも「絶対嫌!」の一点張りであった。



「トオルくんとはもう会わないの?」

ある日、夕食の支度をしているマヤに、珍しくユカが話しかけてきた。

あの日たった半日ほど過ごしただけのトオルにすっかり懐いたユカは、トオルをもう「くん」付けだ。

あれからトオルとは連絡が途絶えている。
あの日、トオルの前でヒロキとの会話を聞かれ、またもや醜態をさらした上、名古屋まで帰るトオルをそっけなく帰してしまい、一言詫びのメッセージを入れたいとも思っていた。
しかし…。

トオルが自分のことを「マヤさんの恋人です」と思いもよらない発言をした時、驚きと同時に、胸が高鳴っている自分に戸惑った。

すでに自分はトオルに好意を抱いている自覚はあった。
オフ会の時、自分のことを心配して、二度も追いかけてくれた。
一度目は気まずい空気を変えようと、謎のトピックで和ませようとしたり、二度目は実際、身体的危機から救ってくれた。

恩人だということも差し引いても、トオルの優しさに惹かれている。

初めは苦手だった、自分を真っすぐ見つめる純粋で柔らかな眼差しに、いつしか心がときめくようになってしまった。
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