人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

11 海の音色

 ディアスの屋敷は岸壁の上にあるが、普段は海の音がわずかにしか聞こえない。
 それは一日の限られた時間以外、めったに窓を開けることができないからのようだった。海風は時に凍てつく刃となって窓を凍らせていて、使用人たちが念入りに拭かなければ窓を錆びさせてしまった。
 けれどまだ日が昇らない青い朝、ふいに海の音色が聞こえることがある。
 ローザは寝台に横たわりながら、目を閉じてそれを聞いていた。普段聞くような岸壁に打ち付ける荒々しさとは違う、それは子守歌のような残響だった。
 ローザが目を覚ましているのに気づいたのか、傍らのディアスも身じろぎしてぽつりと問う。
「海を聞いているのか」
 ローザは息を吸って、ささやき声で返す。
「はい。起こしてしまいましたか?」
「いいよ。……この時間の海の音色は静かだな」
 彼もこれが音色に聞こえるのだと知って、ローザは頬をゆるめる。
 ローザもディアスも、しばらく黙って海の音に耳を傾けていた。もう一度眠るには少し惜しいほど、海は甘い音を奏でていた。
 ディアスはふいにローザに話しかける。
「海の向こうには、冬のない国もあるそうだ」
 ローザはつと暗闇を見やって独り言のように返す。
「生まれたときから寒さに震える、こことはずいぶん違うのでしょうね」
 ローザが暮らしてきた、冬の城塞の生活はたやすくはなかった。水は容易に氷の刃になり、痛むような吹雪でローザを包んでいた。
「でも……」
 ローザはディアスのぬくもりを追うようにして、彼に身を寄せる。
「ここでしか聞けない音色もありますから」
 海の音色は青い朝の中、ほんのひとときだけ耳に届く。
 それをディアスと共有している時間が、今のローザには宝物に思えた。
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