人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

12 結び

 午睡のようなおだやかな日々の中で、ローザは自分の体調の変化に気づいた。
 咳が出ないのは少し前から感じていた。けれど一日の終わりの深い疲労さえ、今は薄れているような気がした。
 食べ物、生活、あるいはローザを取り巻く人たちは、ここに来る前と一変している。その日を無事に終えることが願いだった日々と違い、今は海の向こうのようにその先がどこまでも続いて見えた。
 自分は人質になって命を救われたのかもしれない。ローザがどこかで保っていた緊張の糸をほどいたとき、彼女は久しぶりに熱を出した。
 熱で浮かされた中、ローザは幼い頃にディアスに会ったことを思いだした。
 そうか、君は騎士が憧れか。では私は騎士にならなければな。彼はローザにそう言った。
 ……二十年も前のことなのに、彼の姿は今と少しも変わりがなかった。
 目を覚ましたローザは寝台に身を沈めていて、傍らにはディアスが座っていた。
「懐かしいまなざしだ」
 ディアスはぽつりと告げて黙った。ローザは今しがたの回想を、目の前に重なる人と合わせて思っていた。
 ローザはまだ熱の残る目で彼を見上げて言う。
「あなたは……人ではなかったのですね」
 ディアスは今も少年のような端正な面立ちで、ローザを見下ろしている。
 彼はふいに息をついて口を開いた。
「この屋敷も、人の域ではない。ここに閉じ込められていれば、やがては君も人でなくなる」
 ローザはこれは夢なのかと考えようとして、自分がここで過ごした時間を思う。
 穏やかに過ぎる日々は、時間という感覚が衰えていた。これが一月だったのか、一年だったのか……もっと長い日々だったのか、霧の中のようにつかめない。
 けれどローザはそれに怖いというより、もっと温かみのある感情を抱く。
 ローザはもどかしそうに微笑んでディアスに言う。
「……囚われの日々が心地よいというのは、困ったものですね」
 ローザは心に広がっていく実感を彼に伝える。
「私はこの日々と……あなたを、愛し始めたようなのです」
「ローザ……」
 ディアスは少し震えた声で名前を呼んだ。
 ローザは幼い日に彼に向けた、無邪気な目で彼を見る。
「捕らえてください、私を。二度と帰れないように」
 ディアスはローザに腕を回してその身を抱くと、いつかのように甘く告げた。
「では私たちは、夫婦にならなければな」
 そうして二人は、暗闇で手をつなぐように身と心を結んだ。
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