人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

7 心安く

 ついこの間まで他人だった人に包まれて眠った夜だったのに、ローザは深い水底で横たわったような心地がしていた。
 夜は普段よりずっと長く感じたが、恐ろしくはなかった。風の鳴る音も聞こえない静けさを、親しい隣人のように思っていた。
 ローザが目を覚ましたとき、ディアスは既に寝台にいなかった。水を持ってきてくれた使用人が言うのは、彼は朝の鍛錬を欠かさないのだそうだ。
 朝食の席には、ディアスが後に現れた。ローザは彼の腕に包まれて眠ったぬくもりを思い出して、気恥ずかしさに少し目を逸らした。
「よく眠れたか」
「……はい」
 ローザが顔を上げると、ディアスも少し照れたように笑う。
 男女の仲があったわけではないのに、二人の間にはむずかゆいような沈黙があった。
 焼きたてのパンと温かなスープを二人で取りながらの会話は、少しだけ昨日より進んだ。
 ディアスは食卓に飾られた一輪の薔薇を見て、ローザに問う。
「薔薇は好きか」
「はい。母が薔薇にちなんで名をつけてくれました」
 ディアスはローザと薔薇を見比べてほほえむと、窓の外を示して言う。
「今の時期、庭が薔薇で華やいでいる。好きに摘んで構わないよ」
「外に出ても……いいのですか?」
 人質の自分の身の程を思ってローザが問い返すと、ディアスはうなずいて言う。
「門の外には出してあげられないが、屋敷と庭の中なら自由に過ごしていい」
 そこでディアスは少し思案するように沈黙した。
「ディアス?」
 ローザが問い返すと、彼はためらいながら言う。
「ここで暮らすうち、少し今までと違うことに出会うだろう」
「今までと違う……」
 ディアスはローザをみつめて、そっと願うように告げた。
「私は君が、心安く暮らしてくれればそれでいい」
 ローザは首を傾げて、彼の言葉を心で繰り返していた。
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