人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

8 氷の薔薇

 ディアスが留守にしている間、ローザは庭に出て薔薇の咲く小道を歩いていた。
 冬の城塞では春でも雪が降るところで、まして冬に咲く花はめったにない。花を育てようとする意思も折れそうなほど寒く、冷たい風に包まれた土地だった。
「見事な薔薇。こんなにたくさん」
 薔薇が咲き乱れているこの庭は、それだけでも少し不思議なところだった。色も深い赤をしていて、甘い果実のように枝を飾っていた。
 けれど左右を埋め尽くすほどの薔薇の小道で、ローザは誰の姿も見なかった。これだけ豊かな庭園を造るには庭師が必要だろうに、薔薇は剪定された跡さえなかった。
 ディアスには好きに摘んでいいと言われているが、手に取るのがためらうくらいにどの薔薇も華やいでいた。
 ふいに手を棘で刺してしまったような感覚があった。しかしローザが手元を見ると、それは棘ではなく氷だった。
「……凍ってる」
 まだ真冬ではないが、その一帯の薔薇は花咲いたまま凍っていた。時間が止まったような薔薇たちは、ただ眠っているようにも見えた。
 自分でもどうしてそんなことをしたのかわからないが、ローザはその薔薇に小さく息を吹きかけていた。
 氷はローザのみつめる先で水に変わって、その中の薔薇をローザの手に渡した。
 晩餐のとき、ディアスは食卓に飾られた一輪の薔薇を見て言った。
「薔薇を摘んできたようだね」
 ローザも薔薇を見ながら告げる。
「……時が止まったような薔薇でした」
 ディアスはその言葉を聞いて、ローザに優しく言う。
「君を待っていたんだよ。私と同じようにね」
 精霊に愛されたような薔薇は、氷の残滓をこぼして輝いていた。
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