人質公女の身代わりになったら、騎士団長の溺愛に囚われました

9 時の心地

 ディアスと迎えた二度目の夜は、窓の外が吹雪いてひどく冷える晩だった。
 ディアスは先にローザをベッドに入れて、自らは香を焚いていた。
 ゆらり薔薇の香りが漂い始めた頃、彼はローザの隣に横たわって口を開いた。
「君の母を保護したよ」
 ローザはそれを聞いて息を呑むと、慌てて体を起こす。
「何とお礼を言えばいいか……! 母は今、どこに?」
「ご自宅に帰られた。お元気で食堂に立っていらっしゃる」
「よかった……」
 ローザは安堵の息をついて、ベッドに身を横たえた。
 大公一族が母に危害を加えないか、それを不安に思うことはもうないのだ。
 ローザが何よりの朗報を喜んでいると、ディアスが言葉に迷う気配を感じた。
 ローザは彼の様子に振り向くと、彼はローザの頬に手を触れて言う。
「君が母の元に帰りたいと言っても、もう帰してはやれない」
 ローザは目を伏せて、首を横に振る。
 ローザは一度息を吸って心を落ち着けると、口を開いた。
「……お伝えしておくことがあります。私は長くないのです」
 ディアスはその言葉に驚いたようではなかった。彼はひとつ息をついて言う。
「君の咳は、やはり病だったか」
「ええ。一年もたないと、医者に言われました」
 ローザは目を伏せて言葉を続ける。
「だから人質になると聞いたとき……母に最期を見せずに済んだと、安堵したのです」
 ローザは顔をかげらせて、言葉を濁らせる。
「……申し訳ない。私は一年しか価値のないものなのです」
 ディアスは黙ってローザの言葉を聞いていて、ふいにぽつりと言った。
「君はここに来てから咳をしていない」
 ローザはそう言われて初めて、彼の言う通りだと気づいた。食堂で働いていたときには咳を隠すのに必死だったというのに、今は少しも苦しくない。
 どうしてなのだろう。その理由がわからないまま、ローザはディアスに包まれる。
 ディアスはローザの頭を抱いて、その背をさすりながら言う。
「価値ならある。私はどこへも君を手放さない」
 ローザはその言葉に温かみを感じて、顔を上げた。
 その夜ローザは、初めて彼とキスを交わした。
 まだここに来て三日と経っていないのに、もっと長い時間が過ぎたような心地がしていた。
 窓の外は吹雪で何も見えない中、ローザは彼と薔薇の香りに包まれて、また深い眠りに落ちていった。
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