勇者倒しに行ってきますっ! 〜天才少年は最強王女のお気に入りなのです〜

6 魔王謁見

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 俺は今、状況をよく理解できていない。

 人間側の希望であり最強の勇者を倒してもらう代わりに、俺は魔族の中でも最も高貴な一族、王族の第二王女、アストライア・エイベル……愛称ティアと主従関係を結んだ。

 だが契約当時、俺はティアが王族であることを知らなかった。が、契約はしてしまったのでもう遅い。俺は主人であるティアが主従関係を破棄しなければ、従者を辞めることはできないからだ。

 魔界に来た時点で覚悟はしていたが、まさか自分が生かされ、王族と主従関係を結ぶとは思ってもいなかった。予想外のことである。

 そしてもちろん王族である主人、ティアの家は魔王城だ。本来ならば魔王軍の敵である人間は入れないのだが、ティアと共に魔法で来たため、関係なかった。

 いつ殺されてもおかしくない状況の中、ティアは俺を魔族たちから守ってくれた。ティアが王族だったこともあり、俺は生き延びることができた。

 だが、ティアが王族だったから俺を守れただけではない。ティアは見た目や年齢以上に強い魔力を持っていて、且つそれを自由に使えたからだ。

 俺はティアの従者なのに、ティアを守る以前に主人に守られた。そして、今の俺はティアを守ることすらできない、足手纏いな役立たずだ。

 ティアは俺に強くなるよう言った。

 俺はもちろん強くなるつもりだ。

 だけど、どうしてティアは俺を十社にしてくれたのだろうか。

 そして、どうして俺は魔王軍最強で最恐とされる魔王と今、会っているのだろうか。



 時は少し遡る。

『いい、シン。おとーさまはとっても優しいの。よく怖がられているけど、決して見た目で判断してはダメよ?』
『いや待てティア』
『?』

 シンはアストライアに制止をかける。アストライアは首を傾げる。

『魔王が優しい? 有り得ないだろ。魔王だぞ?』
『おとーさまは優しい魔王だけど?』
『だからそうじゃない。……もしかして、俺を揶揄(からか)っているのかティア?』
『なんで私がシンを揶揄わないといけないの?』
『そうだよなぁ……』

 魔王。それはシンにとって、勇者に次ぐ恐ろしい生き物である。

 膨大な魔力量。溢れ出る魔王の風格。そして、魔界の全魔族を動かせるほどの権力。

 勇者が周囲を惹きつけることができるのは、勇者の勇敢な心だ。一方、魔王が魔族を従わせることができるのは圧倒的な力量の差である。

 実力がものを言う魔界では、魔王が最強でなければならない。

『魔王は最強なんだろ?』
『? そうだけど』
『なのに優しいのか?』
『えぇ』

 やはりシンには理解できない。しかし、アストライアは嘘をついていない。

『言ったな? 魔王は優しいって』
『えぇ、言ったわよ。おとーさまは優しいって。アストライアの名にかけて、誓ってもいいわ』

 そこまで言うなら信じよう、とシンは思ったのだ。

 だが現実は違った。



「貴様がシンか。弱き人間」

 シンはゴクリと息を呑む。

(魔王が優しい? 信じた俺が馬鹿だった)

 シンの前にいる者。訊くまでもなくその正体はわかる。

 ネイビーブルーを束ねた髪の長さは魔王の生きた長さを表している。アイボリーブラックの冷たい瞳は、魔界の奥深くに眠る恐ろしい強大な力を映し出しているようだった。

 シンの主人、アストライアのおとーさまことライゼーテ・エイベル。それが魔界を統べる魔王の名であった。


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(もう、おとーさまったら……)

 アストライアは「はぁ……」とため息を吐く。

 シンは魔王の言う通り、まだ弱い人間だ。だが、それは現在のシンだ。オズヴィーンあたりに磨いてもらえば、光り輝く宝石になる。

 未来では高値で売れるであろう原石であるシンを、そんな風に魔王が決めつけるのはやめてほしいとアストライアは思った。

「おとーさま」
「……なんだ、アストライア」
「おとーさまは私のこと、好き?」
「…………」

 唐突な質問に、魔王は眉間に皺を寄せる。何を言いたい?と目が語っている。

「あのね、私、シンを従者にしたいの!」
「!?」

 魔王の間にいるアストライアとシン以外の者に動揺が走る。

「アストライア」
「わかってるわ。シンは人間よ」
「!!?」

 またも動揺が走る。そして重鎮と思われる者たちがざわめき、シンに向けて魔法陣を展開、または武器を向けた。

 だが、魔族たちを鎮めたのは他でもない魔王だった。

「攻撃はするな」
「!? ですが、あやつは……」
「わかっている。だが、危険人物であればアストライアはすでに殺している。それとも、其方らは、我が娘が人に情けをかけるような者だと思っているのか?」
「い、いえ、そんなわけでは……」

 魔族たちは魔王の迫力に気押される。シンも例外ではなかった。

 現在のシンは弱い。三つ下の主人であるアストライアでも容易く殺せるほど弱い。自分は生かされているのだと思い知らされる。

(われ)とアストライア、そしてそこの人間以外は一旦外に出ろ」
「護衛もですか!?」
「早くしろ。命令だ」
「は、はいっ! 了解致しました!」

 バタバタと魔王の間にいた者たちが立ち去ると、魔王は深いため息を吐いた。そして娘であるアストライアに向き直った。

「おとーさま、もう私たち以外はいませんよ?」
「そうだな」

 そして玉座から立ち上がり、アストライアとシンに近づく。

 シンは震えが止まらない。一方アストライアはじっと魔王を見つめている。

 そしてーー。

「あ〜すとらいあちゅあ〜ん!」
「!?」

 魔王はアストライアに抱きついた。

「あ〜、やっぱりアストライアちゃんは可愛いねぇ〜。パパはこんな可愛い娘がいて嬉しいよぉ〜」
「おとーさま、シンもいますよ?」
「問題な〜し! ……そうだろ、人間」

 つまり、誰にも言うなよということである。娘との差が激しい。思っていた魔王と違い、シンは狼狽(うろた)える。

「可愛い、可愛いなぁ〜。うん、アストライアちゃんは可愛い!」
「うん。知ってる」

 アストライアと二人きりの時はいつもこんな風な会話をしているのだろうか。

 語尾にハートマークがつきそうな甘々な声だ。

「そ〜んな可愛いアストライアちゃんのお願いなんて、パパ、断れないよぉ〜」
「なら、認めてくれる?」
(このままおとーさまを押せば、なんとかなるはず)

 そう、アストライアは思っていた。

 だがーー。

「あぁ、認める! ……なんて言うとでも思ったか?」
「!」

 アストライアは目を見開く。魔王は初めてアストライアに対して甘い声をやめた。そして、魔王の名に相応しい言葉遣いと態度を示した。

 魔王は玉座に戻り、深々と座った。

「相手は人間。我ら魔王軍の敵だ。そしてアストライアの従者にするには弱すぎる。アストライアを守れない従者は従者とは呼ばない。そうだろ?」
「…………」
「っ!」

 アストライアは口を(つむ)ぎ、シンは悔しそうな表情をする。

 シンの力不足は確かだった。

「そんな奴をアストライアの従者にはできない。例え其奴が魔族だったとしても、だ」

 そこまで言われてしまえば、アストライアがいくら懇願しても無駄であろう。魔王という発言力は強い。

(でも、私は……)

 アストライアはシンと約束した。

 主従契約という名の約束だ。

『ーー勇者を殺してくれ』
『ーーいいわ。あなたの願い、叶えてあげる。その代わり、あなたは私の従者になりなさい』

 アストライアの脳内に、つい先刻の言葉が響く。

(私は、勇者を殺す代わりにシンを従者にした)

 アストライアは美しく有能な従者が欲しかった。だからシンを従者にした。シンは生きた光り輝く宝石の原石とも呼べる。

 だが、アストライアならばシンでなくても、シンよりも強い魔族の者を従者にすることも可能だ。

(私がシンにこだわる理由は……)
「この話はもう終わりだ。さ、ではその人間は責任を持って我が処分をくだ」
「待って、おとーさま」
「……アストライア?」

 アストライアは自分の従者を守るために立ち上がった。

 アストライアには、シンが従者でなくてはいけない理由があるのだ。

 魔王が相手でも、アストライアはお気に入りを取られるのは嫌だった。

「要は、シンが強ければいいのでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「【契約】」
「!?」

 アストライアは【契約】を発動する。魔王とアストライアの間に魔法陣が展開された。

「言いましたね、おとーさま。約束してください。シンが私を守れるぐらい強くなった暁には、シンを私の従者にすることを認めてください」
「! だが其奴は人間で……」

 いつまでもシンを人間と呼ぶ魔王にアストライアは訂正をかける。

「おとーさま。人間ではありません。シンです。間違えないでください」
「アストライア……」

 アストライアの本気に、魔王は困惑する。どうしてそこまでしてシンにこだわるのかが、理解できないのだ。

「シンは弱い。それは私もわかっています」
「っ…………」

 シンはアストライアの言葉に反応を示す。アストライアの言っていることを否定できなくて、悔しく感じてもいるのだろう。

「だから、シンはオズヴィーンに稽古をつけてもらいます」
「! オズヴィーンに?」

 魔王軍を率いる若き団長、それが騎士団長オズヴィーンだ。

 実力があるのはもちろん、オズヴィーンが騎士団長に就任してからの騎士団は、前とは比べ物にならないくらいに力を増しているらしい。

 そんなオズヴィーン直々に稽古をつけてもらえば、シンが強くなるのは確定事項になる。

「どうですか、おとーさま」
「…………」

 広い部屋に、長い沈黙が流れた。


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