そしてリリアナは第三王子のお妃様になりました
01


 ()()()()は、一つにまとめた褐色の髪を揺らしながら慌ただしく食堂の扉を開いた。
 けたたましい音とともに榛色の瞳を刃物のように尖らせ、食堂内のカウンターまでバタバタと駆け寄ると、調理場に向かってこれでもかというほど大きな声で叫ぶ。

「アーールーーマさーーん! まかないのサンドウィッチ、まだありますか!」

 濁ったクリーム色の低い天井の奥で、調理場の後片付けをしていた炊事婦のアルマは余ったハムやレタスなどの食材をいくつも抱えたまま振り向いた。
 レンガ造りのカウンターに両肘をついて、前のめりになったリリアナを見るなり肉付きのいい頬を持ち上げる。
 
「あるよ! 今日も遅くまでお疲れさん」
「良かったぁ! ありがとうございます、アルマさんもお疲れさま」

 リリアナはふぅ、と息を吐いた。
 両腕にこてんと頭を乗せ、天井近くにある振り子時計に目をやると時計の針は夜の10時を回ったところだった。
 王宮で下っ端メイドとして働くリリアナは、毎日朝から仕事が山積みで大忙しだ。
 掃除に洗濯、給仕のお手伝いに城下街への買い物。
 リリアナは洗濯が専門のランドリーメイドのはずなのに、平民――――それもほとんど誰も行ったことがないような辺境地にある小さな村出身という理由で、一部の先輩メイドからこき使われている。
 けれどリリアナは至って平気だった。
 半年前、リリアナが地元の村から馬車を乗り継ぎ7日間もかけて王宮を訪れたのにはきちんとした理由があるからだ。

 それは今から8年前、リリアナがまだ10歳だった頃のこと。
 星が頼りなく輝く新月の夜、巨大な龍が村を襲った。
 3つの頭を持つ龍が吐く炎で村全体が焼き尽くされ、逃げ遅れたリリアナと母が死を覚悟した時だった。
 突然風が吹き、村を取り囲んでいた凄まじい炎が真っ二つに切り裂かれ、逃げ道ができたリリアナ達は窮地を脱することができた。

 必死で逃げる最中、遠く離れた路地で金髪の青年がリリアナ達とは逆方向に向かって走るのを見た。
 黒い隊服に身を包んだ彼は、スラリとした身体つきに不釣り合いな大剣を手にし、炎の中をたった一人で龍に立ち向かって行った。
 顔はよく見えなかったものの、凶暴な龍を前に微塵も恐れをなさない背中は、まるで物語に出てくる騎士そのものだった。
 人生における最推しとなった漆黒の騎士様が、この広大で平和な国――――フィルカ王国の第三王子だということを後に知ったリリアナは、命を助けてくれた恩返しをするためにはるばる王宮までやって来たというわけだ。
 だからちょっとした嫌がらせなんて、へのかっぱだった。
 あの時の龍に比べたらちっとも恐ろしくないし、王宮の片隅で第三王子と彼の一族が治めるフィルカ王国のために働くのがリリアナの生きがいだからだ。

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