初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
闇色のドレス
「あら? ミリア、このドレスって」
今夜は、カイルとミランダの成婚パーティーが行われる日だった。つまりはエリザベスが社交界へ復帰する勝負の日でもある。
数日前から、ミリア他、沢山のメイドによって全身をくまなく磨かれていたエリザベスは、最高の出来に仕上がっていた。ピカピカ艶々のお肌に、銀色の髪はサラサラで指通りも滑らかだ。光があたれば天使の輪っかですらあらわれる。
そして数週間前から準備していたドレスは、社交界復帰に合わせ、勝負色である瞳の色と同じ青色のドレスのはずだった。しかし、目の前に準備されているドレスは、闇夜を思わせるほど深い黒色の生地に、ドレスの縁には銀糸の刺繍がふんだんにあしらわれている豪華なドレスだ。
「はい、お嬢様。シュバイン公爵家のハインツ様からの贈り物でございます。ドレスに合わせて素敵なアクセサリーも一緒に届いております」
「素敵なドレス……」
エリザベは、壁にかけられたドレスに近づき、そっと表面を撫でる。手のひらに伝わる滑らかな感触に、光の当たり具合で表情を変えキラキラと輝く漆黒の生地は今まで見たこともない代物だった。
ほーッとため息をこぼし、エリザベスは漆黒のドレスに見惚れる。
「綺麗……」
「アクセサリーもとても素敵ですよ。お嬢さまの瞳の色と同じブルーサファイアのネックレスとイヤリングです」
ミリアにドレスを着付けてもらい鏡に写る自分を見て、心臓が跳ね上がる。
闇色のドレスを纏ったエリザベスは、まるでハインツに抱かれているように見える。
いないはずのハインツに背後から抱きしめられているのではと、エリザベスは鏡に写る自分を見て幻想していた。
跳ね上がった心臓の鼓動が早くなり、落ち着かない。
(何を考えているのエリザベス! 今夜は闘いの日なのよ。ハインツ様に心を乱されている場合ではないわ)
「お嬢さま、こちらを。ハインツ様からです」
ミリアに手渡されたカードを見つめ、エリザベスの瞳に涙が込み上げきた。
『エリザベス、会場で待っている』
一人で闘うしかないと思っていた。ただ、ずっと怖かった。足元から崩れ落ちそうなほど怖かったのだ、一人で闘うことが。
「ミリア、闘ってくるわ!」
途切れそうになる緊張の糸を、この漆黒のドレスがつなぎ止めてくれる。
エリザベスは決意を胸に歩き出した。