仕事人侍女の後宮セカンドライフ~新しい主人を選ぶはずが、寵姫に選ばれました~

11 別れを告げて

 第三の選定者が皇后アナベルと聞いて、ソフィアは控室で緊張に身を固くしていた。
 これからソフィアはアナベルの前で舞を披露することになっているが、皇后の前で舞った経験は数えきれないほどある。ソフィアは第一の侍女として、アナベルに喜んでもらうために歌も詩も、舞だって修練を重ねてきたのだった。
 けれど寵姫となるため……まさか、後宮の次なる主となるために自分が舞う日が来るとは思ってもみなかった。
 ソフィアは目の前にアナベルにお仕えした日々を思い描いていた。花が咲いたと聞けばアナベルのために花束を飾り、子猫が生まれたと聞けばアナベルのために毛並みを梳いた。
 ありがとう、ソフィア……! 子猫を抱いて弾けるように笑った、アナベルの無邪気な表情が胸をよぎる。
 自分が寵姫など、皇后様のおわす後宮を汚すことにならないか。その葛藤で、踵を返して逃げ出したくもなった。
 けれどふいに蘇ったのは、離宮に発つときのアナベルの言葉だった。
 ソフィア、あなたは恋の喜びを知っている? アナベルはそう言って、悩ましげにつぶやいた。
 私の恋の相手は恋多き人だから、心乱されることも多いけど。それでも恋してしまうのよね?
 そう言われて、ソフィアは恥ずかしがるようにアナベルから目を逸らしてしまった。
 ……あなたもわかるみたいね。そう笑ったアナベルの言葉は、ソフィアの心を語っていた。
 ソフィアはたぶん、歩き出してしまった。そうなると、たどり着くまで歩いてしまう性分だった。
 ソフィアは苦笑を収めると、毅然と顔を上げて前を見る。
 扉の向こうで銅鑼が響き、衛兵が扉を開いた。
「入ってきなさい。ソフィア」
 開かれた扉の向こうに歩み出したソフィアを、アナベルは微笑んで見返していた。
 音楽に乗り、拍子を打ち、ソフィアは歌い踊る。ナンナが用意してくれた絹の衣装をひらめかせ、裾さばきも鮮やかに足を上げる。
 花の精のように優雅に一礼した彼女を見て、アナベルは言った。
「あなたに、最後の選定へ進むことを許します」
 ソフィアは少しにじんだ目を隠すように、顔を上げられなかった。
「……はい。行って参ります」
 ソフィアは今までのすべての気持ちをこめて、深くアナベルに礼を取ったのだった。
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