麗しの狂者たち
そんな呑気な事をぼんやりと考えながら、横断歩道を渡るため立ち止まった矢先だった。



「ゆかちゃん、だめっ!」


突如響いてきた先程の母親の緊迫した声。



何事かと彼女の視線を追うと、いつの間にやら後ろにいたはずの女の子が私の前を勢い良く横切り、駆け足で向かいの道へと渡ろうとする。


しかし、信号はまだ赤のまま。


女の子が走る先で、乗用車のクラクション音がけたたましく路上に鳴り響く。



その音を耳にした瞬間、気付けば体が勝手に動いていた。


持っていた荷物を全て投げ捨て、周りのことなんて一切目もくれず、横断歩道の真ん中で立ち止まる女の子目掛けて無我夢中で走り、手を伸ばす。




__そして、次の瞬間。




「美月ーー!!」



あれは、来夏君の声だった。 



けど、その声は一瞬で途切れてしまった。



全身をコンクリートで打ち付けたような強い衝撃が走り、痛いと感じてから直ぐに目の前が真っ暗になってしまったから。



そこからは、何も聞こえない。



何も見えない。



痛いとも思わない。



まるで、暗闇の中で時が止まったように、無の世界へと取り込まれていく。




その中でも僅かに残っていた意識。


それが事切れる直前、私は一体何を思ったか。


懺悔か、後悔か、絶望か、それとも彼に対する愛か。



どれだか分からないまま、まるでロウソクの炎が徐々に消えていくように。


いつしか、そこで私の時間は完全に止まってしまったのだった。
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