公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
◇◆第六章◆◇

◇侯爵家の恥◇

 思わぬ番狂わせで諦めたはずの恋が手の届く場所に転がり込んできたことに、トゥルン・ウント・タクシス家の侯世子(エルププリンツ)マクシミリアン・アントンは、動揺していた。

 なぜならば“番狂わせ”の責任の一端は、彼にあったからだ──。



 トゥルン・ウント・タクシス侯爵家の跡継ぎである父のマクシミリアン・カールが男爵令嬢ヴィルヘルミーネ・フォン・デルンベルクと恋に落ち結婚を望んだ時、祖母は猛反対した。

 だが、祖父の急死により家長の座を得た父は、愛する母との結婚を強行した。

 穢らわしい赤毛の持ち主で身分の低い男爵令嬢の血を引く孫たちを祖母は可愛がることはなかった。

 マクシミリアン・カールの初めての男児であるアントンでさえ、視界に入るのも疎ましく幽霊のように見えないものとして祖母は遇した。
 母ヴィルヘルミーネは5人の子女に恵まれたが、体調を崩すとあっという間に命を散らし、7年の短い結婚生活を終えた。

 祖母は母の喪が明けると、愛妻の死に弱っていた父に後妻をあてがった。
 エッティンゲン=シュピールベルク侯の息女マティルデ・ゾフィーは、王族に次ぐ地位をもつ最上級貴族家門(シュタンデスヘル)の出身。

 侯爵家当主に相応しい身分の釣り合う花嫁だ。
 父親とマティルデ・ゾフィーとの挙式を見守った祖母は満足し、ひと月後にこの世を旅立っていった。

 祖母は死してなお、アントンたち母子に嫌がらせの手を緩めないのだと思い知った。

 後妻は美丈夫の父に夢中になり、すぐに懐妊した。
 父は亡き妻の忘れ形見であるアントンを気遣うが、侯爵家の奥向きを差配するのは後妻である。

 父は後妻との間にできた新しい命の誕生と共に別家庭の住人になっていった。

 まだ幼いアントンにとって、それは裏切り行為としか思えなかった。
 自立できない年齢ゆえ、憎しみの感情を露わにすれば居場所を失う。

 次第に、感情を悟られぬよう口を閉ざし氷のような無表情を貼り付けるようになった。
 いつしか父とは埋めがたい溝ができていった。
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