公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
◇権利と争闘◇
レーゲンスブルクに戻る馬車に揺られながら、アントンは窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。
大人しく座っているが、アントンの心の中は騒がしく落ち着かない。
なぜ祖母の汚点を暴きたかったのか──。
名家出身の祖母はトゥルン・ウント・タクシス家の女帝で、アントンは一度も敵うことがなかった。
後妻が産む子供たちが増えていくに従い、身分の卑しい母の血をひくアントンたち兄弟は居場所がなくなっていった。
心は憎悪で滾り復讐の機会を窺う。だが、無力な子供にできることなどない。
アントンは鬱屈した想いを抱えながら成長するしかなく、次第に疲れてきた。
祖母の汚点を暴いて一矢報いた気になり、安い復讐に満足して終わりにしようと考えていた。
「闘い、権利を獲得する……」
「ん?」
目の前に座った父マクシミリアン・カールが、アントンの呟きに反応して、嬉し気に顔を綻ばせた。
距離ができ何も話してくれなくなった亡き妻の忘れ形見が随伴したことに、マクシミリアン・カールは舞い上がっていた。
そんな父の心情が理解できず、アントンは不思議そうに父を見上げる。
「王宮で、ヘレーネ・イン・バイエルンという女の子に会ったんだ」
「イン・バイエルン……バイエルン公のご息女だね」
「その子、お父様とお母様のことを羨ましいって、心から憧れるって言ったんだ。……それに、バイエルン公の始祖も男爵令嬢と身分差のある結婚したって」
アントンは膝の上の拳を強く握りしめた。
「だけど……」
「アントン?」
「……僕には、よく分からない」
アントンが両親の貴賤結婚にいい感情を抱いてないことに、誰よりもガッカリしていた。
父母の身分差婚を蔑む者はいても、好意的な感情を示す者など初めてで、アントンは戸惑う。
タクシス家は商人から身を興したとはいえ、最上位貴族家門。代々、皇帝特別主席代理を務めた名門である。
ヴィッテルスバッハ家やホーエンツォレルン家などの王家とも血の繋がりがある高貴な家柄だ。
名門貴族である後妻の血を引く子供たちが次々に誕生する中で、男爵令嬢の血を引く自分に居場所などあろうはずがない。
“貴賤結婚と蔑む者たちに負けずに闘い、権利を獲得する”
ヘレーネの言葉が木霊のように脳裡に響いて、離れない。
大人になればすぐにでも、タクシス家から出て行ってやるとアントンは考えていた。
貴族の身分を投げ打ってタクシス家の名が聞こえない、遥か遠くへ赴くことができると期待していた。これで憎悪から逃れられ、本当の自由を手に入れられるのだと。
だが、それが本当に選択すべき未来なのか揺らいでいる。
ヘレーネに、母の肖像画を見に来てほしい。
自分でも何故だか分からないが、アントンは誘いの言葉を口にしていた。
そして、彼女は見に行きたいと意欲を見せてくれた。
レーゲンスブルクにへレーネが訪問するその日まで、タクシス家に留まろう……アントンはそう決意した。
その日から、アントンは侯爵の父に伴って王宮に顔を出すようになった。ヘレーネに会って顔を見て言葉を交わせば、己の進むべき道の答えが見つかる気がしたからだ。
大人しく座っているが、アントンの心の中は騒がしく落ち着かない。
なぜ祖母の汚点を暴きたかったのか──。
名家出身の祖母はトゥルン・ウント・タクシス家の女帝で、アントンは一度も敵うことがなかった。
後妻が産む子供たちが増えていくに従い、身分の卑しい母の血をひくアントンたち兄弟は居場所がなくなっていった。
心は憎悪で滾り復讐の機会を窺う。だが、無力な子供にできることなどない。
アントンは鬱屈した想いを抱えながら成長するしかなく、次第に疲れてきた。
祖母の汚点を暴いて一矢報いた気になり、安い復讐に満足して終わりにしようと考えていた。
「闘い、権利を獲得する……」
「ん?」
目の前に座った父マクシミリアン・カールが、アントンの呟きに反応して、嬉し気に顔を綻ばせた。
距離ができ何も話してくれなくなった亡き妻の忘れ形見が随伴したことに、マクシミリアン・カールは舞い上がっていた。
そんな父の心情が理解できず、アントンは不思議そうに父を見上げる。
「王宮で、ヘレーネ・イン・バイエルンという女の子に会ったんだ」
「イン・バイエルン……バイエルン公のご息女だね」
「その子、お父様とお母様のことを羨ましいって、心から憧れるって言ったんだ。……それに、バイエルン公の始祖も男爵令嬢と身分差のある結婚したって」
アントンは膝の上の拳を強く握りしめた。
「だけど……」
「アントン?」
「……僕には、よく分からない」
アントンが両親の貴賤結婚にいい感情を抱いてないことに、誰よりもガッカリしていた。
父母の身分差婚を蔑む者はいても、好意的な感情を示す者など初めてで、アントンは戸惑う。
タクシス家は商人から身を興したとはいえ、最上位貴族家門。代々、皇帝特別主席代理を務めた名門である。
ヴィッテルスバッハ家やホーエンツォレルン家などの王家とも血の繋がりがある高貴な家柄だ。
名門貴族である後妻の血を引く子供たちが次々に誕生する中で、男爵令嬢の血を引く自分に居場所などあろうはずがない。
“貴賤結婚と蔑む者たちに負けずに闘い、権利を獲得する”
ヘレーネの言葉が木霊のように脳裡に響いて、離れない。
大人になればすぐにでも、タクシス家から出て行ってやるとアントンは考えていた。
貴族の身分を投げ打ってタクシス家の名が聞こえない、遥か遠くへ赴くことができると期待していた。これで憎悪から逃れられ、本当の自由を手に入れられるのだと。
だが、それが本当に選択すべき未来なのか揺らいでいる。
ヘレーネに、母の肖像画を見に来てほしい。
自分でも何故だか分からないが、アントンは誘いの言葉を口にしていた。
そして、彼女は見に行きたいと意欲を見せてくれた。
レーゲンスブルクにへレーネが訪問するその日まで、タクシス家に留まろう……アントンはそう決意した。
その日から、アントンは侯爵の父に伴って王宮に顔を出すようになった。ヘレーネに会って顔を見て言葉を交わせば、己の進むべき道の答えが見つかる気がしたからだ。