公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
◇◆第七章◆◇

◇ホイリゲの夜◇

 トゥルン・ウント・タクシス家は、ヨーロッパに広く脈を張り各地の宮廷の奥深くに根を下ろしている。 
 それはウィーンでも変わりない。

 エムメリヒ・トゥルン・ウント・タクシスは、目の前の本家の坊ちゃん(・・・・)を片目で眺めながら、かすかに炭酸が残る辛口の白ワインを飲み干した。
 エムメリヒの鍛えられた体躯はひと目で軍人だと分かる。左目に黒い眼帯をした生粋の将校である彼は、トゥルン・ウント・タクシスのオーストリア分家の出だ。

 若造と舐められがちな若き皇帝の傍らで仕え、鷹のように片目を光らせ威厳を添えるエムメリヒは、フランツ・ヨーゼフの信頼も篤く父とも友とも慕われている。

 生粋のウィーン子であるエムメリヒは、『ホイリゲ』でワインを嗜むのが好きだ。
 ウィーンには庶民的な家族経営の居酒屋ホイリゲ(今年の)があちこちにあり、1年未満のワインの新酒が味わえる。
 ワイングラスではなくジョッキでワインを飲むのがホイリゲ流だ。

 眼帯で長身の有名人であるエムメリヒは、どこにいても目立つ。
 喧噪から離れたテラスのテーブルに陣取って、四方山(よもやま)話をするのが一番安全だ。

 目の前にいる赤金の髪が特徴的な青年はトゥルン・ウント・タクシスの候世子(エルププリンツ)だ。
 速いが乗り心地の悪い郵便馬車を乗り継ぎ、ヨーロッパ各国の分家に顔を出し情報収集に勤しんでいる。

 後妻の子が跡目を継ぐかと思われたが、急に存在感を出してきた野心家の青年だ。
 彼が求める情報を出さなければいけないが、近衛騎士隊長の職務から許される範囲内でお願いしたいものだ。

 店内の(どよめ)きが外のエムメリヒたちの耳にも飛び込んできた。
 ホイリゲの小ぎれいな看板娘たちが色めきだっていた。
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