ベッド―令和で恋する昭和女―
「ずっとずっと好きでした。自分とお付き合いをして下さい」

 私の目の前に立つ青年が深く頭を下げた。青年、と言い表しても私よりも遥か年下の男性だ。
 若い男の子と言っていいだろう。

 私は困惑した。
加納(かのう)くん、年上の人間をからかうんじゃないよ」
「自分、本気なんです」
 私は閉口せざるを得なかった。
 私に対して真っ直ぐに向ける加納くんの瞳は真剣であった。

 決意の目で私の眼前に立つ青年。
 彼の名を加納雄介(かのうゆうすけ)という。

 加納雄介くん。
 1997年(平成9年)生まれ。
 2023年(令和5年)の現在で26歳。

 私は眼前で華の20代を下水道に捨てようとしている青年の年齢を頭の中で確認した。
 平成生まれ。26歳。
 なんと輝かしい響きであろう。

 容姿は端麗の部類に入ると言っていい。
 もっとも、私のような中年の人間からすると若いというだけで「美しい」というカテゴライズに入ってしまうが。

 加納くんはいつも身なりを清潔にしている。
 髪は眉にかからない程度に切りそろえ、SNSやYouTube、テレビで時折見かける前髪をだらりと垂らした男性とは違う。
 眉は凛々しい。黒々として引き締まっている。
 瞳は大きいが二重ではない。笑顔になるとその大きな(まなこ)は糸のようになり、こちらも思わず微笑んでしまいたくなってしまう。
 鼻筋は通っている。
 唇はやや厚ぼったい。ぷっくりとしていて実にかわいらしい。

 20代の特権だろう。肌は透き通るようだ。
 ただ、肌に関しては一点だけ加納くん本人が気にしている点がある。
 右の頬の上部に痣があるのだ。
 痣、といっても大きなものではないし、濃さもそれほどない。若干、紫染みたものが幅5ミリ、長さ3センチほどに渡ってあるだけだ。
 たぶん気にしているのは加納くん本人だけで、私を含めた周囲の人間は誰も気にしていないであろう。誰にだってコンプレックスはある。

 中年の私なんぞコンプレックスを数え上げたら切りがない。

 そんなコンプレックスまみれのどうしようもない中年の私に、26歳の綺麗で若い子が、「好きです」と言ってきたのだ。

 私はこう思わざるを得なかった。
(加納くんは仲間内でのゲームに負けたんだ。そして敗者の罰ゲームの内容が、中年の私にニセの告白をすることだったんだ)
 と。
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