白薔薇の棘が突き刺さる

10 棘が刺さる

「レティシアに不快な姉妹ごっこをやらされたのよ。あなたのせいで」

 レオナールの縋るような視線を綺麗に無視して部屋の奥へ行く。
 机の上に腰を下ろし、脚を組んだ。スカートの裾から白いふくらはぎが覗く。こんなに行儀の悪いことをするのは初めてだ。

「君は服毒したって……」
「毒? そんなものを飲むわけないじゃない」

 シュネージュは失笑した。彼は全く分かっていない。彼女はもう母に従う少女ではない。例え、破落戸(ならずもの)に身を汚されても死を選ぶことはない。戦うのだ。自分のために。レオナールをこうして捕らえたように。

 服毒自殺に見せかけ、痙攣の演技をしたシュネージュは、一人になると屋敷を抜け出した。
 隣のレティシアに匿って貰ったのだ。

『夫と喧嘩をしたから、家出をしたい』

 そう言うとレティシアは瞳を輝かせて了承してくれた。
 侯爵邸がよく見える部屋でシュネージュは待ち続けた。

「何故、戻ってきたの?」
「君が、服毒自殺をしたと聞いたから」

 青褪めるレオナールにシュネージュは眉を顰めた。

「そう。わたくしが死ねば、貴方の罪は消滅するものね。確認しにきたの?」
「違う! 君が心配で……」

 抗弁するレオナールに、彼女は冷たい視線を送った。
 
「あら。貴方は酷い事実を知り、倒れたわたくしを置いて逃げ出した。──それは心配じゃなかったのかしら?」
「それは心配だったけど、君なら大丈夫だと」

 レオナールの声が震える。
 シュネージュは、栗色の波打つ髪を揺らし頭を振った。そして、金緑の瞳でレオナールの青い瞳を射ぬく。

「いいえ。違うわ」

 見開いた彼女の瞳には怒りが灯っていた。

「貴方は罪を認めるのが怖かった。違うかしら?」

 レオナールは膝から崩れ落ちるように跪く。図星を指されたのだ。
 そんな彼をシュネージュは目を細めて見ていた。
 本当に腹が立つ。許せない。最初っから大嫌いだった。不躾で無遠慮で。近寄らないで頂戴と言ったのに……。シュネージュの言うことを聞かない人だ。

 彼の顎を、彼女は靴先で掬い上げる。

「さぁ、答えなさい。黙秘は認められないわ」

 白皙の美貌を歪めて笑うシュネージュに、レオナールは掠れた声で尋ねるしかなかった。

「どうしたら許してくれるんだ?」
「あら、逆に聞きたいわ。どうやったら許してもらえると思う? 貴方ならどう考える?」

 レオナールは絶望した。何をやったって、どんなことをしたって、彼女が許せないことがわかったから。
 出来の悪い生徒が、ようやく解答に辿りついたかのように、シュネージュは微笑んだ。

「そうよ。答えは、決して許さない」

 そういえば大学時代、彼は成績が悪かった。一体、この人は何を学びに来てるんだと密かに呆れ、軽蔑していたことを思い出す。

「貴方は誤魔化し、嘘をついてたわ。罪から逃げ、向き合おうともしない。そんな貴方に情状酌量の余地はない」

 冷たくピシャリと言い切ると彼は項垂(うなだ)れた。シュネージュは何度目かの失笑を漏らした。
 
「貴方をわたくしの支配下に置くわ。だから、勝手にどこかに行く自由はない。──いいわね?」

 一生、シュネージュの傍で怯えて暮らせばいいのだ。
 レオナールは頷いた。
 相変わらず不可解な人だ。何て顔をしているのだ。幸せそうな顔をするなんて、こっちを馬鹿にしているのか。
 彼はやることなすことすべて、頭が可笑しくて間違っている。

「わたくしは決して許しはしない。それでも、貴方は毎日、わたくしに許しを乞うのよ。無駄なことだけど、必要なことよ」

 シュネージュは、きっとレオナールを許せない。許せないから一生償って、罪を意識して、苦しんで欲しい。一時も忘れることなく。
 それが、シュネージュがレオナールに与える罰──。

 手を伸ばし、レオナールの頬に触れる。彼はシュネージュの一挙一動に、微かに身じろぐ。それはとても滑稽で哀れだ。

「感情をぶつけさせて。誠心誠意、悪いと後悔して。反省して。一生よ」

 相変わらず縋るような目でみてくる馬鹿な男に、彼女は白薔薇のような美貌で微笑んだ。

「君に罪を償うよ」

 掠れた声で、レオナールは罰を受けいれた。

 今日も、明日も、白薔薇は棘を刺し、罪の痛みを突きつけるのだ。死が二人を分かつその日まで。
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