白薔薇の棘が突き刺さる

09 白薔薇の逆襲

 レオナールは辻馬車に乗って、数少ない友人の元へ向かっていた。
 幌から夜空が覗く。
 我ながら不相応な女に惚れたものだと思う。
 星に手を伸ばそうとして、無茶をした。結果、徹底的に嫌われてしまった。
 打ちひしがれた気持ちで、友人宅に向かうと、友人は青い顔をしてオロオロと彷徨(うろつ)いていた。

「どうしたんだ? 気が利くじゃないか迎えなんて」

 レオナールが茶化して声をかけると、友人は目を見開き駆け寄ってきた。

「レオナール! 遅いじゃないか! 大変なことが起きたんだ! 奥さんが、服毒自殺したって!」

 驚愕するレオナールの胸元に電報の紙が押し付けられる。

「なんだって!?」

 足元がグラグラと壊れていく。
 強い女だと信じていた。自分がいなくても生きていけると信じ込んでた。それなのに死を選ぶなんて、何かの間違いだ。

 当座の生活資金として持っていた金を叩きつけ馬を借りる。レオナールは来た道を引き返した。

 屋敷に着く頃には昼になっていた。

「旦那様、大変です! 奥様が……」

 レオナールに気づいた執事が走り寄ってくる。一晩中、起きていたのだろう、彼はヨレヨレにくたびれていた。

「シュネージュはどうなった?」

 問いつつも、執事の様子から覚悟を決める。
 だが、執事が告げたのは意外な言葉だった。

「奥様は、行方不明です」

 レオナールは、何がなんだか分からなくなった。
 服毒自殺か、行方不明か。どっちが真実なのだ。情報が錯綜している。

「どういうことだ? 順を追って話せ」

 服毒自殺を図ったシュネージュを寝台に横たえ医師を呼ぶ。屋敷中、パニック状態で、皆、混乱していた。
 部屋はシュネージュを置いて無人になった。
 気づいた時にはシュネージュは忽然と姿を消していた。
 自らの意思なのか。いや、服毒したなら動けないだろう。誘拐されたのだろうか。

 シュネージュの部屋に入ると、毒薬の小瓶の蓋が開いて、落ちたままだった。この小瓶の毒はレオナールがすべて捨てて、入れ替えたはずだ。何がなんだか分からない。

 一階の玄関ホールで(どよ)めきが聞こえた。
 階段の踊り場に駆け寄ると、レオナールの愛する人がいた。

「お帰りなさい、レオナール」

 婉然と微笑み見上げる女は、確かにシュネージュだった。

「──どうして?」
「どうしてって? あなたが騙すから、私も騙しただけよ」

 金緑の瞳を愉悦で歪ませる。彼女は、成功したのだ。レオナールを捕らえることに。

「二人で話し合いたいの。しばらく部屋に籠りましょう」

 レオナールの長い一日が始まった。
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